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農医連携教育研究センター 研究ブランディング事業

38号

情報:農と環境と医療38号

2008/5/1
第5回博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@農医連携シンポジウムの内容:(3)温暖化による陸域生態系への影響評価と適応技術
平成20年3月25日に開催された第5回博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@農医連携シンポジウムのうち、演題「温暖化による陸域生態系への影響評価と適応技術」を紹介する。残りの演題と総合討論については、次号以降に順次紹介する。

温暖化による陸域生態系への影響評価と適応技術
筑波大学大学院生命環境科学研究科教授 林 陽生

地球温暖化の危機が最初に認識されたのは、1985年に開催されたフィラハ会議である。この会議では?来世紀前半における世界の気温上昇はこれまで人類が経験したことがない大幅なものになるだろう?という宣言が採択された。こうして地球温暖化が国際的に重要な問題となって以来20年以上が経過した今、地球の生態系は当時の宣言が予想した「現実」のなかにおかれていると考えられる。

近年「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」や「気候変動に関する国際連合枠組み条約締結国会議(COP)」など国際的な枠組が設置され、2005年には、温室効果ガス削減数値目標を定めた「京都議定書」が発効した。いよいよ、京都議定書の第1約束期間がスタートする2008年に至り、具体的な温暖化防止対策の効果が問われる時代になった。

こうした温室効果ガス削減の必要性は、過去及び将来における温暖化影響の実態と予測によって裏づけされている。2007年に公表されたIPCC第4次評価報告書による地球温暖化の科学的根拠(IPCC-WG1)を要約すると次のようである。

すなわち、近年の観測結果から、(1)温暖化は疑う余地がなく、1906-2005年に観測された100年間の世界平均の気温上昇は0.74℃である。(2)世界平均の海面水位が1961-2003年までに年間約1.8mmの割合で上昇しており、グリーンランドと南極の氷床の融解がこれに寄与している可能性が非常に高い。(3)北半球及び南半球の両方で、山岳氷河と積雪が減少している。(4)多くの陸域で、大雨の頻度が増加している。(5)寒い日や霜の日数が減少し、暑い日や熱波の頻度が増加している。報告書はこれらの事実に基づき、「20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇は、人為起源の温室効果ガス濃度増加による可能性が非常に高い」と、人為起源の温室効果ガスの増加が温暖化の原因であることを結論づけている。

さらに将来の予測については、SRESシナリオという複数の社会シナリオに基づく温暖化の将来予測結果が示されている。予測された主な変化は以下のようである。
  1. 気温:今後20年間は10年あたり約0.2℃の割合で上昇する。また、21世紀末の世界の年平均気温は、1980-1999年の年平均値と比べて1.106.4℃の範囲で上昇する。
  2. 海洋:世界平均海面水位の2090-2099年の平年値は、1980-1999年の平年値と比べて0.1800.59mの範囲で上昇する。同時に、大気中の二酸化炭素濃度の増加は海洋の酸性化を引き起こし、21世紀末には世界平均の海洋表層pHは0.1400.35低下する。
  3. 降水量:高緯度地域ではかなり高い可能性で年間平均降水量の増加が見込まれており、一方多くの亜熱帯地域では年間平均の降水量が減少(2090-2099年の平年値が1980-1999年の平年値と比べて最大で20%減少する可能性が高い)する。
  4. 極地の変化:特に大きな変化が予測され、温室効果ガス排出シナリオの違いに関わらず、北極及び南極双方の海氷が縮小する。特に北極の晩夏の海氷は21世紀後半までにほとんどが消失する。

東アジア地域の気温と降水量については次のように報告されている。年平均気温について1961-1990年の平年値と比べた場合、2010-2039年の平年値は1.301.5℃程度の範囲で、2040-2069年の平年値は2.5-3.6℃の範囲で、2070-2099年の平年値は3.406.1℃の範囲で上昇すると予測されている。同様に降水量についてみると、1961-1990年の平年値と比べ、2010-2039年の冬季(1202月)の期間平均値は506%程度の範囲で、2040-2069年の冬季の期間平均値は10013%の範囲で、2070-2099年の冬季の期間平均値は15021%の範囲で増加すると予測されている。

陸上の生態系は、こうした環境条件の急激な変化に対する多様な影響を過去において受け、また将来において受けることが予測されている。IPCC第4次評価報告書(IPCC-WG2)を要約すると次のようである。
  • 植物相と動物相の、極地方へあるいは高標高地帯への移動が起こっている。さまざまな陸域種の温暖化への応答は、生育ステージの変化(生物季節学的変化)、特に春の諸現象や鳥類の渡りの早まり、生育期間の長期化として現れている。1980年代初め以降の衛星写真により、春の緑化の早まりが多くの地域で認められ、植物の生育期間が長期化したために純一次生産力が増加したことが明らかになっている。事例は少ないが、固有種の消滅や、最近20030年間の種の構成の変化が現れている。
  • 他の分野に比べ、農業と林業分野では最近の温暖化の影響は限定的である。しかし、作物栽培季節の前進が北半球の広範囲で明瞭に観察されている。特に、北半球高緯度地域での早期植え付けといった栽培管理上の変化が現れている。生育期間の長期化は、多くの地域での林業生産量の増加として現れている。一方、気温上昇と乾燥の条件が重なり、林業生産性の減少や森林火災が引き起こされた。農業と林業はともに最近の熱波、干ばつや洪水に対して脆弱である。
  • 2100年までに、生態系は過去65万年で最も高い水準のCO2濃度の大気に、地球の平均気温では同様に過去74万年来の水準の高温に曝される。海洋のpHは過去2000万年来最も低下する。気候変動に関連する擾乱(洪水、干ばつ、山火事、病害虫、海洋酸性化など)と、その他の地球規模の変動要素(土地利用変化、人口増加、資源の過度な採掘など)といったこれまで先例の無い変動要因の組み合わせは、多くの生態系がもつ環境変動に対する適応力の限界を超えると考えられる。こうして、環境条件が生態系復元能力の一定の閾値を超えると、元に戻ることができない変化を引き起こす可能性が高い。
  • 現在、陸上の生物圏は炭素の吸収源としての役割を果たしているが、今世紀中ごろを頂点としてその効果が減じ、発生源に転じて気候変動を増長すると見られる。ツンドラからのメタン排出の加速がその例である。同時に、海洋の緩衝能力は飽和状態に達する。こうした状況になると現在以上のCO2濃度の排出が起こる。地球規模の炭素収支に働く要因として、土地利用の変化、熱帯林の伐採が含まれる。
  • 産業革命以降で全球平均気温が203℃を越す高温になると絶滅の危険が高まると考えられ、現在までに約20030%の種が評価の対象になっている。地質学的な過去の状況と比較して、消滅の危険性が最も高まっていると考えられる。
  • 産業革命の時期と比較して203℃の気温上昇とその背景である大気中のCO2濃度の水準で、陸域および海洋生態系の構造と役割が本質的に変化すると考えられる。
  • 温暖地域を対象としたモデル実験の結果によると、栽培地域の平均気温が中程度の上昇(103℃)であれば、それに伴うCO2濃度上昇および降水量変化の条件のもとで、穀物の収量がいくらかは増加し、プラスの効果となる。しかし低緯度地帯、特に季節的に乾期のある熱帯では、気温上昇幅が102℃でも、多くの穀物の収量に負の影響が現れる。その結果、飢餓の危険性が高まることになる。さらなる気温上昇は、どの地域に対しても負の影響を及ぼす。
  • 気候変動は飢餓の危険に曝される人々を増加させる。これにより、社会経済的発展が大幅に抑制される。
  • 長期間のトレンドとして進む温暖化に加え、極端な気象の出現頻度および強度が増すことにより、食料および林業生産性の不安定化が起こることが明確に予測されている。最近の研究では、熱波、干ばつ、洪水の頻発が、温暖化の影響を卓越する様相で作物収量と家畜の生産に負の影響を及ぼすことが示されている。すなわち、平均状態のみの影響よりも規模が大きくかつ早期に負の影響が現れることが危惧される。
  • 気温が上昇するに従い厳しい水管理が行われることになるが、気温上昇が中程度以下の範囲では、適応策による利点が多くなることが予測されている。適応の効果は、負の影響をほんのわずかだけ減少する程度から負の影響を正の影響へ変えてしまう程まで多様である。例えば穀物栽培システムでは、品種を変え、また植え付け時期を変えるなどの適応により、減収を10015%回避することができる。これはその地域における気温差に換算すると102℃の上昇(効果としては下降)に相当する。政策や制度を変えることは、適応を容易にするために不可欠である。適応技術は、開発の戦術、地域の方針、貧困撲滅の戦略などと連携して実施されるべきである。
  • FACE実験の最近の再解析では、C3植物では550ppm濃度では他のストレスがなければ10020%増収となる。また、C4植物では0010%増える。CO2濃度が上昇した条件で作物モデルを使った推定では、これらの実験値と一致する結果が得られた。最近のFACE実験で、生長した森林群落では明確な生産力への応答が現れず、年齢の若い樹木で生長が増長することが示されている。

さて、IPCCの評価報告書には温暖化の生態系への影響に関するさまざまな評価が集約されているが、緊急の課題として次の視点に立った検討が重要であると考えられる。すなわち、複数の要素が同時に影響すると思いがけない効果が現れる点、多様な生態系をできるだけ広範に捉えなければ実態を見失う点である。例えば前者に関連する現象として、CO2濃度上昇が穀物に及ぼす施肥効果(好適な効果)は、気温上昇と同時に作用するとむしろ稔実率の低下(負の効果)となって現れる。また後者に関連し、温暖化により害虫被害の増加が予測されているなかで、より上位に位置する捕食者も同時に増加する効果が害虫の個体数に何らかの影響を及ぼすと考えられる。

以上に述べた影響の実態、将来予測、評価を、影響緩和に活用することこそが重要である。これに関して、温暖化の影響をリスクとして把握し評価する重要性が強く求められている。これは、気候変動枠組み条約第2条において「気候変動に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において、大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極の目標とする」とされていることと関係している。この条文は、温暖化の危険な水準および影響が発生する閾値の分析を行う重要性を指摘しており、不確実性の解明とともに影響をリスクとして認識する必要があることを示している。

京都議定書の数値目標が順守されることは不可欠だが、大気中へのCO2排出抑制には大きな慣性があるため、当分の間、地球規模の気温上昇を止めることはできないと考えられる。従って、どのように生態系を適合させるか、また一定の温暖化によるストレスの水準において、負の影響を緩和するための技術は何かに答えることが強く求められる。
第5回博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@農医連携シンポジウムの内容:(4)農業生態系における温室効果ガス発生量の評価と制御技術の開発
平成20年3月25日に開催された第5回博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@農医連携シンポジウムのうち、演題「農業生態系における温室効果ガス発生量の評価と制御技術の開発」を紹介する。残りの演題と総合討論については、次号以降に順次紹介する。

農業生態系における温室効果ガス発生量の評価と制御技術の開発

(独)農業環境技術研究所 物質循環研究領域上席研究員 八木 一行

1.はじめに
農業は生態系におけるエネルギーと物質の収支を最大限に利用する人類必須の営みである。そこでは、原始的な焼き畑農業にせよ、化学肥料と農薬を投入し機械化された集約的農業にせよ、自然生態系のさまざまな循環を改変し、長い時間をかけて維持されてきたエネルギーと物質の平衡状態を別の収支状態へと移している。このことは、文明の基盤となる食料と繊維などの素材の供給を可能とした一方、化学物質の環境への負荷、水循環とエネルギー収支の改変など、現代の人類が直面しているさまざまな問題を引き起こしている。

これらの問題のひとつとして、農業生態系からの温室効果ガス発生の問題が明らかにされ、現在の地球温暖化の一因として指摘されている。昨年公表されたIPCC第4次評価報告書(AR4)1) によれば、全球における農業生態系からの温室効果ガス発生量は年間5.1-6.1 Gt CO2-eq(二酸化炭素換算量)で、人為起源の13.5%を占めている。このうち、最大の温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)については、発生と吸収の収支は全球でほぼバランスしていると考えられている。

しかし、別に算定されている森林からの温室効果ガス発生にも農地への土地利用変化を原因とするものが含まれているから、農業の影響は森林分野にも及んでいると言える。加えて、生態系が関与する2つの温室効果ガス:メタン(CH4)と一酸化二窒素(亜酸化窒素:N2O)について、農業生態系は、それぞれ人為起源発生量の半分以上を占めており、重要な発生源となっている。

2.温室効果ガス発生量と制御技術
農耕地からのCO2発生

 農耕地の二酸化炭素については、作物の光合成による大気中二酸化炭素の吸収と、作物の呼吸および土壌有機物や作物残渣の分解による発生のバランスから、吸収源となるか発生源となるか決定される。農耕地では、耕起を行うことにより土壌中での有機物分解を促進するとともに、収穫物として系外へ炭素を持ち出すことが多い。したがって、以前に森林や草地として蓄積され平衡状態にあった土壌有機物は、耕作に伴って減少し、二酸化炭素として放出される傾向にある。しかし、堆きゅう肥などの有機物を投入することにより、その減少が緩和され、土壌有機物としての蓄積量が増加する、すなわち、炭素貯留効果を示す場合がある。

このような炭素蓄積に効果のある農業技術として、堆きゅう肥などの有機物の投入の他、不耕起や簡易耕起、輪作やカバークロップの導入の有効性が示されている。また、世界的には、森林や湿地から農地への土地利用変化を抑制することも重要である。IPCC AR41) では、このような農耕地土壌の炭素貯留機能には大きな期待が寄せられており、二酸化炭素換算で1トン当たり100 米ドルの場合、2030年までに年間3870 Mt CO2-eqの緩和ポテンシャルがあると推定されている。これは、2004年の人為温室効果ガス排出量の約8%に相当する。

水田からのCH4発生2) 
水田では潅漑水により土壌を湛水することから嫌気的な環境が発達し、メタン生成菌と呼ばれる一群の絶対嫌気性古細菌の活動により、有機物分解の最終生成物としてメタンが生成され、大気へ放出される。

全球における水田からのメタン発生量は年間20-100 Tgと推定され、人為起源発生量の5-30%程度に相当する。水田からのメタン発生は、1980年代より現場での計測が行われ、現在では、アジアを中心に世界の100を越える地点での計測結果が報告されている。これらの結果を取りまとめ、2006年IPCCガイドライン3) では、基準発生量(130 mg m-2 day-1)と水管理や有機物施用による発生量拡大係数が求められている。わが国の水田においても1990年代のはじめに全国調査が行われ、年間メタン発生量(33万トン)が推定されている。

水田からのメタン発生抑制方策として、中干しや間断潅漑による水管理、稲わらの堆肥化や非湛水期間での分解を促進する有機物管理、肥料または資材の使用、土壌改良など候補となる技術が提案され、その多くは効果が実証されている。平成20年度からの農林水産省事業では、京都議定書第一約束期間におけるわが国の温室効果ガス排出削減に貢献することを目標に、水管理によるメタン発生抑制技術の全国的な実証?普及が計画されている。

施肥窒素からのN2O発生4) 
作物生産に必要な化学肥料や有機物として農耕地に施用された窒素は、土壌中で微生物による形態変化を受け、NH4-NからNO3-Nへ(硝化)、NO3-NからN2へ(脱窒)と変換される。N2Oは土壌中での硝化および脱窒の両方の過程で副生成物として生成され、大気へ放出される。農耕地からのN2O発生量は、一般に、施用した窒素量に伴って増加するので、施用窒素量に対するN2O-N発生量の割合である排出係数が発生量の見積もりに用いられる。

2006年IPCCガイドライン3) では、標準的な排出係数(デフォルト値)として、1.0%が提案されている。しかし、わが国における観測データは、多くの場合、発生係数はこの値より低いが、茶園土壌等の一部の例ではきわめて高い発生が見られることを示している。

これらの研究結果から、わが国農耕地からは窒素換算で年間4,420トンのN2O発生が見積もられている。また、N2O発生プロセスとして、農耕地土壌から直接大気へ放出される以外に、施肥窒素が農業地帯の地下水や河川水に流出した後に、脱ガスでN2Oが放出される、いわゆる間接発生が指摘されている。

農耕地土壌から発生するN2Oの抑制技術については、別の環境問題である地下水への硝酸性窒素溶脱の問題と共通する点が多く、作物による窒素利用効率の向上や硝化?脱窒の抑制等にポイントを置いた技術の開発が有効である。そのための技術としては、最適な窒素施肥量と分施?局所施肥など施用方法の改善設計、緩効性肥料や硝化抑制剤?ウレアーゼ阻害剤など新しいタイプの肥料の使用、適切な有機物施用設計などが考えられる。これらの技術を用いて、土壌の環境容量を超えずに高い収量を維持するための窒素施肥体系を地域ごとに示し、広く普及させる努力が、食糧生産と環境保全の調和のために必要である。

畜産からのCH4およびN2O発生5) 
反すう家畜からのメタン発生と畜産廃棄物(ふん尿)からのメタンおよびN2O発生も農業からの重要な温室効果ガス発生源である。全球における反すう家畜からのメタン発生量は年間80-90 Tgと推定され、人為起源発生量の約25%に相当し、最大のメタン発生源であると考えられている。一方、畜産廃棄物からの発生量見積もりには不確実性が大きいが、重要な発生源であることには間違いはない。これらの発生は、いずれも、水田や施肥土壌と同様、微生物活動によるものであり、生成メカニズムも同一である。

牛、山羊、綿羊など反すう動物の第一胃(ルーメン)内では、飼料炭水化物から常にメタンが生成されるが、その量は通常では摂取エネルギーの2012%に相当する。メタンの排出は家畜のエネルギー損失になるため、飼料の利用効率を高める観点からも排出抑制策が研究されている。ただし、メタン生成にはルーメン内微生物の増殖に有害な代謝性水素の除去機能もあることから、適切な制御が求められる。

これらをふまえた、家畜生産性の改善とメタン発生抑制を両立させる方策として、ルーメン内原生動物や微生物活性を制御する薬剤(硫酸銅、イオノフォア、抗生物質、不飽和脂肪酸等)投与の効果が認められている。また、繊維質飼料(粗飼料)を減らして栄養価の高い濃厚飼料の割合を増加することも有効である。さらに、発展途上国でも適用可能なより実用的な技術として、米ぬかやビール粕などの食品製造副産物の添加の有効性が確認されている。

畜産廃棄物からの発生については、飼料、ふん尿処理(堆肥化過程)、ふん尿の農地への還元といった、さまざまな場面での抑制方策が考えられる。しかし、堆肥化過程や農地への施用については、しばしば、還元的な条件で生成されるメタンと、より酸化的な条件で生成されるN2Oのトレードオフが生じるため、対策は複雑である。最近、必須アミノ酸を添加することにより、飼料の利用効率を改善し、家畜頭数あたり、あるいは生産物あたりのふん尿量を削減できる可能性が指摘され、温室効果ガス発生抑制策として期待されている。

3.農業生態系からの温室効果ガス発生量削減の可能性
 以上示すように、農業生態系ではさまざまな発生源から、CO2、CH4、N2Oの3つの重要な温室効果ガスが発生している。それらの地域的、あるいは全球的発生量について、農業生態系の多様性に起因する定量評価の不確実性を改善する余地はあるものの、地球温暖化に対する影響の大きいことは明らかである。

さらに、農耕地と畜産からの発生抑制技術の候補は多数提案され、農耕地における水管理(水田)、有機物管理、施肥管理、畜産における飼養管理、ふん尿処理など、多くの技術について、現地試験等から大きな削減効果が確認されている。しかし、これらの技術が温室効果ガス排出削減のために実際の農業の場面で適用された事例は、現時点ではきわめて少ない。京都議定書において、農耕地を炭素吸収源として選択した国はカナダ等4か国のみである。また、CH4とN2Oの削減については、計画している国はあるものの、実際の適用例はまだ無いと思われる。

農業生態系からの温室効果ガス発生量削減技術が、未だ、実用化段階に移されていない原因のひとつには、発生削減にともなう経済性評価が不足していることが挙げられる。多くが家族経営である農業では、コストと労力を考慮に入れ、トータルの収益と労働性が改善される技術でなければ普及の見込みはきわめて小さい。そのために、個々の技術について、各地域で経済性評価を細かに行い、農家が受け入れられる可能性を提示することが必要である。加えて、そのような技術を推進するための政策的支援が必要になる。

また、農耕地や家畜そのものに対する発生削減技術の評価は行われているものの、農業生態系や地域全体での評価が十分ではないことも今後の課題である。この問題に対し、技術のための新たなエネルギー投入や資材または飼料の生産と使用などを含めた、システム全体の収支を取り扱うライフサイクルアセスメント(LCA)手法の導入が求められている。たとえば、その処理のさまざまな場面で温室効果ガス発生の可能性のある畜産廃棄物については、地域的な畜産農家と耕種農家の連携を包括的に評価し、最も温室効果ガス発生の少なく、かつ他の環境負荷を増加させず、生産性や農家の経済性も満たすような最適な解を求める必要がある。近年、生産が進んでいるバイオ燃料についても、その化石燃料削減効果と燃料作物栽培に伴う温室効果ガス発生増加の可能性を合わせて評価すべきである。

もうひとつの問題は、先進国での農業分野からの温室効果ガス排出割合は比較的低く、その削減ポテンシャルの多くは発展途上国にあることである。わが国の温室効果ガス排出インベントリーに占める農業分野の割合は2%にすぎない。

一方、同じ水田耕作を基礎とする農業体系を持つ熱帯アジアでは、インドで28%、タイで35%など、農業分野の占める割合がきわめて大きい。特に広大な農耕地をもち、家畜頭数の多大な国では、農業技術の適用による排出削減策は大きな貢献が可能である。このような国においては、その適用について、持続的開発政策と一致させることにより、削減の可能性をいっそう前進させると予測される。京都議定書において設定されているクリーン開発メカニズム(CDM)は、新たな開発援助のツールとして活用できる可能性がある。

IPCC AR41) には、農業分野における温室効果ガス排出削減策が、エネルギー、運輸、森林など非農業分野のものとコスト的に競合できることを明示している。また、その利点として、長期間の効果が期待でき、全体として大きな貢献が可能であることが挙げられている。農業分野における新たな技術開発は、有望な温室効果ガス排出削減策であると同時に、今後の農業のかたちとして求められている環境保全型農業の方向とも一致する。地球温暖化問題への対策を迫られている現在こそ、適切な土地利用を可能にする国際交渉の推進や、環境と調和した将来のあるべき農業の姿を構築するための大きなチャンスが訪れたのかも知れない。

引用文献
  1. IPCC(2007): IPCC Fourth Assessment Report(AR4): Climate Change 2007, Cambridge University Press.http://www.ipcc.ch/
  2. 八木一行(2004):大気メタンの動態と水田からのメタン発生.「農業環境研究叢書第15号、農業生態系における炭素と窒素の循環」、p.23-50、農業環境技術研究所
  3. IPCC(2006): IPCC Guidelines for National Greenhouse Gas Inventories.
    http://www.ipcc-nggip.iges.or.jp/public/2006gl/index.html
  4. 八木一行(2006):温室効果ガスの発生とその評価.肥料の事典、358-365、朝倉書店
  5. (社)畜産技術協会(2002):畜産における温室効果ガスの発生制御(総集編)
健康と地球環境の保全:4.代替医療と代替農業の連携を求めて
第1回の「環境を背景にした農と医の類似性」では、農と医が同じような歴史をたどってきたこと、近代農学と近代医学を補完するための農業と医療が発生してきたこと、第2回の「土壌から考える環境と農」では、人間圏の誕生によって土壌と環境が衰退し始めたこと、持続型農業への転換が必要であること、第3回の「環境から考える医」では、ある環境に生きている限りヒトの健康はその環境の産物であることを基本に、環境から観た健康や医療について、その歴史を振り返り、現在と将来の問題について書いてきた。今回は「代替医療と代替農業の連携を求めて」と題して、両者の今後の在り方を考える。

代替(だいたい)医療と代替農業とは?

生命を対象にする医療と農業には、いずれも接頭語に代替(alternative)がつく、代替医療と代替農業がある。Alternative Medicine と Alternative Agriculture である。医療に関わる人にとって、代替農業という言葉になじみが薄いと同じように、農業関係者にとって代替医療なる言葉は目新しいことであろう。

このように農と医はきわめて類似している。この類似性については第1回で詳しく述べたとおりである。21世紀に入って、医学はヒトゲノムの、農学はイネゲノムの塩基配列を解読する全作業を終了した。これは類似性のよい例である。

さらに近年にいたっては、西洋医学を中心とした近代医学に対して、それに代わり得る、またはそれを補完しようとする代替医療が現れ始めた。また、農薬や化学肥料を中心とした集約的な近代農業に対して、これを代替、または補完する代替農法が現れた。いずれも生命科学としての特徴を備えている。

代替医療とその周辺

わが国における代替医療については、1998年に設立された「日本補完代替医療学会」がある。また、渥美和彦?廣瀬輝夫の「代替医療のすすめ」やキャシレス著?浅田仁子?長谷川淳史訳の「代替医療ガイドブック」などの著書がある。

一般的に代替医療とは、科学的に効果の証明された西洋医学または医師による科学的根拠に基づいた医療でない治療をまとめた総称である。また、補完または相補医療(Complementary Medicine)とも呼ばれる。最近では医療に代替医療を取り込んだ統合医療なる言葉も現れている。

日本における実際の医療的な行為のうち、医療保険が適用できない治療方法、日本の医科大学で正式に教えない治療方法が、代替医療と呼ばれている。

一方、わが国では漢方薬は1976年に医療保険に適用されている。わが国の医学部および薬学部においては、漢方薬の教育がコアカリキュラムに加えられている点で、代替医療とは明確に区別されている。しかし、残念なことに欧米ではこれらが代替医療に分類されている。

もともと補完?代替医療とは、西洋医学を中心とした近代医療に対して、それを補完する医療をさす。また国によっては、補完?代替医療は伝統医学と同義に用いられている。欧米で代替医療に分類される漢方?和漢薬?鍼灸などは、日本、中国、韓国などで脈々として既に存在するもので、日本では「代替」ではなく現代医療の中で正式な医療として位置付けられている伝統医療である。このことはすでに上述した。

先進国では、代替医療への要請が高まっている。それは、慢性疾患や生活習慣病の増加に対し、治療だけでなく予防対策の重要性が認識され始めたからである。例えばアメリカではその具体的対応策として、1994年に栄養補助食品健康教育法を制定し、ハーブの有効性を食品領域でも積極的に活用する道を開いている。

しかし代替医療の領域は、近代西洋医学に比べると未だ科学的検証が十分に伴わない混沌とした状況にある。そこで最近では、この混沌とした領域に証拠を示す科学的な秩序体系を導入する考え方が登場している。eCAM(Evidence-based Complementary and Alternative Medicine)である。

代替医療には、中国医学、アーユルベーダ、ユナニ医学、シッダ医学、カイロプラクティック、ホメオパシー、ナチュロパシー、オステオパシー、バイオフィードバック、食餌療法、健康食品療法、植物療法、徒手療法、電気療法、エネルギー療法など様々なものがある。

21世紀の予防医学が掲げる課題には、リスク評価?管理?コミュニケーション、疾病の発生予防、健康の質の増進などがある。これらの医学分野における課題に対して、代替医療がどのような役割を果たせるか、ひとびとは、大きな期待をかけている。

代替農業とその周辺

わが国においては、代替農業といえる様々な農法があるが、はっきりと代替農業と題した本に、久馬一剛?嘉田良平?西村和雄監訳の「代替農業"永続可能な農業をもとめて"」がある。この本の原本は、全米研究協議会リポートの「代替農業」で、「自然農法国際研究開発センター」から1992年に出版されている。今からみれば、これを出版に漕ぎつけたセンターの先見性に驚かされる。

今、世界は個人や団体が一つの農業へ到達するシステムを研究したり、これを発展?普及するための努力をしている。それは、われわれが近代農業の手法では様々な場面で健全な社会を構築することができないことを知ったからである。そのシステムの目的は、土壌の生産性を高め、安全な食料を獲得し、自然環境を保全し、土地や資源を効率よく利用し、そのうえ生産費を低減させることに視点を向けることにある。

この目的の背景には、近代農業が環境に負の影響を及ぼし、必ずしも健康な食料を生産しているといえない現状が厳然としてあるからだ。この影響は、政策立案者、生産者および消費者にきわめて重要な事項である。農薬、化学肥料および畜産廃棄物からもたらされる土壌、地下水、大気への汚染問題、作物や食品中への農薬残留や蓄積に対する安全性の問題がある。加えて、一部の地域では土壌侵食、塩類集積および灌漑用地下水源の枯渇の問題などが現実に起こっているからである。

代替農業とはひとつの農作業体系を指すのではなく、合成した化学物質を一切使用しない有機的な体系から、特定の病害虫防除にあたって農薬や抗生物質を慎重に使用する体系まで、さまざまな体系が含まれている。だから代替農業は、生物とか、抵投入とか、有機とか、自然とか、再生とか、持続とか、永続とか、環境保全とかいった名を冠した農業ということになる。

例えば、害虫の総合防除、集約度の低い家畜生産方式、輪作体系、土壌侵食軽減のための耕作方法などがある。だから、代替農業はこれらの技術を農作業体系の中に組み込んでゆくことを目指す農業ともいえる。

代替農業のひとつの例として、環境保全型農業がある。これについては、農林水産省環境保全型農業対策室で次のように定義している。「農業の持つ物質循環機能を生かし、生産性との調和などに留意しつつ、土づくり等を通じて化学肥料、農薬の使用等による環境負荷の軽減に配慮した持続的な農業」。一般的には、可能な限り環境に負荷を与えない農業および農法のことである。

代替医療と代替農業の連携が可能か?

このような歴史的に共通な背景を持つ農学と医学において、予防医学が21世紀に掲げるリスク評価?管理?コミュニケーション、疾病の発生予防、健康の質の増進などの課題と、農学が掲げる環境負荷の軽減、安全で持続的な農業体系の確立などの課題に対して、代替医療や代替農業はどのように連携できるかという今日的な問題の解決に取り組むことは、社会の要請に応える上で極めて重要なことである。このことが達成されると、健康で幸せであることを願う人間の本源的な要求は叶えられることになる。

20世紀の技術知が生んだ成果のなかには、われわれが生きていく21世紀の世界に、農学と医学が連携するための科学や教育が不可欠であることを示唆するものがいくつかある。病気の予防、健康の増進、食品の安全、環境を保全する農業、癒しの農などは、その代表的な事象であろう。

これまでの人類の歴史の中で、身土不二、四方四里に病なし、地産地消、医食同源などという含蓄のある言葉が残されているにもかかわらず、これまで農医連携の教育や科学はそれほど強調されてこなかった。

このような事象に、代替医療と代替農業がどのように関わりあえるかを考えたり、討論したり、実践したりする場面にあまり出くわさない。そこで、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@では「現代社会における食?環境?健康」「代替医療と代替農業の連携を求めて」と題したシンポジウムを開催し、その内容を博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@農医連携学術叢書第1, 2号として養賢堂から2006, 2007年に出版した。

シンポジウムの目標は、現代医学や現代農学のみでは治まりきれない問題を、伝統医学や代替医療あるいは代替農業の面から再び見直し、改めて農と医についての相互理解を深め、両者の具体的な課題について検討することにより、連携の糸口を見いだすことにあった。

そこでは、農医連携の実例の一つとして、すでに千葉大学で行われている「東洋医学と園芸療法の融合」と、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@で行われている「環境保全型畜産物の生産から病棟」までの流れを紹介した。これらについては、参考文献の養賢堂の本か、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@のホームページのオンデマンドを参照されたい。ここでは以下に代替農業と代替医療の連携が形づくられている希有な例を紹介する。

自然農法大学校とMOA健康科学センターの連携

 岡田茂吉氏(188201955)が提唱した自然農法の研究、教育、普及および実践などに役立つ人材を育成するために設置された「自然農法大学校(微生物応用技術研究所の人材育成機関)」では、現在の一般的な農業が、化学肥料と農薬によって汚染され、健康によい安全な食料を生産する場でないと認識し、それに代わる生態系と調和した農業の育成に励んでいる。

この大学校の教育に関する基本方針は、自然農法による健全な土壌で育まれる安全で健康な食料の生産と、自然生態系と調和した心身の平安にある。そのため、自然農法の原理や技術に基づいた環境保全型農業について、同じ敷地にある農場で実践的な教育を行い、安全な農産物を生産している。

一方、この農場の敷地に隣接して「大仁病院」が設置され、熱海市にあるMOA健康センターと連携しながら代替医療をはじめとする統合医療の研究に取り組んでいる。ここでは農場のもつ「自然」との交わりが与えてくれる「癒し」の効果を取り入れ、そこで生産される食事を摂りながら、人間が持っている自然治癒力を最大限に生かしていく「自然順応型の健康法」が行われている。

「自然順応型の健康法」では、リズムエクササイズから自然散策、ガーデニング?家庭菜園で土に触れ、生け花?茶の湯?陶芸などを体験し、健康増進セミナーや食セミナー、さらには自然治癒力の活性化を促す療法が行われている。まさに農医連携の貴重な実例の一つであろう。

今後、この種の環境を媒介とした農と健康の在り方を追求するシステムが間違いなく必要になる。ここに示した自然農法大学校とMOA健康科学センターの連携は、わが国の将来の農医連携の在り方の一つの例として示唆に富むものであろう。

参考資料
  1. 代替医療のすすめ:渥美和彦?廣瀬輝夫著、日本医療企画(2001)
  2. 代替農業:久馬一剛?嘉田良平?西村和雄監訳、全米研究協議会リポート、自然農法国際研究開発センター?農山漁村文化協会(1992)
  3. 現代社会における食?環境?健康:陽 捷行編著、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@農医連携叢書第1号、養賢堂(2006)
  4. 代替医療と代替農業の連携を求めて:陽 捷行編著、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@農医連携叢書第2号、養賢堂(2007)
  5. 自然農法大学校:http://izu.biz/bioken/daigaku/daigaku.html
  6. MOA健康科学センター自然順応型健康法:http://www.mhs.or.jp/frame/program/
Agromedicine を訪ねる(12):Journal of Agromedicine
以下のことは、「情報:農と環境と医療 10号」ですでに書いた。「農医連携」という言葉は、生命科学全般を思考する博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@で新しく使用しはじめたものだ。それに相当する英語に、例えばAgromedicine がある。1988年に設立された The North American Agromedicine Consortium (NAAC)は、Journal of Agromedecine という雑誌と博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@レターを刊行している。この雑誌の話題には、農業者の保健と安全性、人獣共通伝染病と緊急病気、食料の安全性、衛生教育、公衆衛生などが含まれる。Journal of Agromedicine の目次は、これまでもこの情報で創刊号から紹介している。今回は、第12巻2号の目次を紹介する。

第12巻2号
  • Occupational Health Takes Center Stage
  • Summary of Documented Fatalities in Livestock Manure Storage and Handling Facilities - 1975-2004
    Keywords: Manure storage, agricultural gases, confined spaces, suffocation hazards, livestock housing, manure pit gases
  • Assessing Noise Exposures in Farm Youths
    Keywords: Farm, youths, noise exposure, hearing conservation, agricultural health
  • A Pilot Program Using Promotoras de Salud to Educate Farmworker Families About the Risk from Pesticide Exposure
    Keywords: Pesticides, migrant and seasonal farmworkers, pesticide training and education, health promoters, outreach
  • REVIEWS, CASE HISTORIES
    Cutaneous Larva Migrans in a Migrant Latino Farmworker
    Keywords: Occupational skin disease, agromedicine, sanitation, Hispanic/Latino
  • Bronchodilator Responsiveness in Swine Veterinarians
    Keywords: Airflow obstruction, bronchodilator, swine, veterinarian, wheezing
  • A Task-Based Assessment of Noise Levels at a Swine Confinement
    Keywords: Swine confinement, noise, teaching facility, task analysis, spectral analysis, dosimetry
農医連携を心したひとびと:4.フィリップ?フランツ?フォン?シーボルト
シーボルトはあまりにも偉大で、氏に関する著書は巷に数多く普及しているが、筆者はシーボルトについて、概ね次のようなことしか知らない。南ドイツのヴェルツブルグの医者の家系に生まれ、ヴェルツブルグ大学で医学と自然科学を学んだ。その後、オランダの陸軍医になり、船医として東インドにあるオランダ領のジャワに赴任した。さらに、オランダ商館医として長崎の出島に派遣された。

日本では出島商館に居住した。楠本 滝と結婚し、日本初の女医になる楠本イネをもうけた。日本人に博物学や医学を講義した。この間、二宮敬作をはじめとする数多くの弟子を育んだ。さらに多くの日本人の協力のもとに、国内の文化、植物、動物を調査し、「日本」、「日本動物誌」、「日本植物誌」などを書き、世界に日本の自然と文化を紹介した。

また、シーボルト事件が発生したにもかかわらず、二度の来日を果たした。帰国の度に日本の文学、民俗学および自然科学に関する数多くの資料をオランダに持ち帰った。帰国後、園芸の奨励を目的とするオランダ王立園芸奨励協会を設立し、初代の会長になった。

このような管見のもとに、常日頃、シーボルトは農医連携を心した学者のひとりではないかと思考していた。今回、「シーボルト?日本植物誌"本文覚書篇":大場秀章監修?解説/瀬倉正克訳、八坂書房 2007」を読んで、その考えは必ずしも的はずれでないことが判明したので、この本に書かれたいくつかの植物を例にあげて、具体的にその内容を紹介する。

なお本書は、シーボルトとツッカリーニとの共著による「Flora Japonica」(1835-1870)の本文のうち、シーボルトによりフランス語で書かれた付記(覚書き)のみを初めて日本語に訳出したものである。

内容的には、それぞれの植物(151種)に関する専門的記述のほか、当時の日本における独特な利用方法や文化的背景などが中心になっている。これに、シーボルト個人の観察?収集にまつわる逸話が随所に織り込まれている。江戸末期の日本人と植物の関わりについて多くのことを教えてくれる。

レンギョウ:蒴果は開いてしまう前、夏の終わりに集めて乾燥させ、水腫、間欠熱、虫下しなどによく効く薬といて用いられる。日本の医師はこれを煎じたものを、リンパ腫、膿瘍、皮膚病等の場合に処方する。????この植物は挿し木によっていたって簡単に増やすことができ、β変種の優雅に垂れ下がった枝は、その先端が少しでも土におおわれると、発根する。

シイ:庭木の場合は、クリの味を想わせる。果実を採って、そのままで食べたり、あるいは火で焙って食べたりする。この果実はまた、水腫の治療薬としても用いられる。シイの材木は滑らかで硬く、黄灰色をしており、様々の道具類や農具、銃床などを作るのに用いられる。

シュウメイギク:この植物は湿った粘土質の土壌に植えなければならない。繁殖はほとんどの場合、挿し木によって行われるが、これは種子が完全に成熟することがまれだからである。

ウメ:塩漬けの際にシソの葉を混ぜ、紅く染める。青い実の汁は、様々な熱病に際して清涼剤として用いられる。また、ベニバナから得る染料から美しい淡い紅色を作る作業にその汁は不可欠なものである。

マルキンカン:この木は粘土質の土壌を好み、谷間や丘陵地のあまり日当たりのよくない場所に、他のカンキツ類と一緒に植えられる。

ゴシュユ:この植物は非常に早く成長し、遠くまで広がる根のひこばえから容易に増やすことができる。ゴシュユの果実は漢方医が最も高く評価する薬の一つに数えられる。生のものは嗅ぐと涙が出るほどのひどくきつい不快な臭いがして、焼けるような嫌な味がする。成熟する少し前に摘み取ったものは、刺激剤、下痢、発汗薬、通経剤として用いられる。

ノヒメユリ:花が咲くのは七月から九月にかけてである。秋には、やはり日本に自生しているオニユリと同様、球根を採って茹でたり焼いたりして食べる。こうした球根は栄養があり、でん粉質で甘く美味である。また、砂糖漬けにし、利尿や慢性の咳にはこれを溶かして用いる。一般に栄養摂取の面から見たユリの効果はもっと注目されてしかるべきであろう。ユリの中には、球根でいくらでも増やすことができ、またあまり肥沃ではない、乾燥した砂地の土壌でもよく育つ種類がある。

ツバキ:種子は拾い集められ、搾って油を採る。これにハゼノキの木蝋、クスノキとチョウジから採った精油、その他の香料を混ぜ合わせたものは、この国の誰もが使う髪油として用いられる。根の皮はかつては下痢止めの薬として推奨された。いつも青々している枝は、この国のしきたりで一年中供え物がされている墓前の飾りとして使われる。??????????
鉢植えのものには、腐植土を三分の一混ぜた粘土質の土を入れ、秋と春に油かすで施肥する。真夏には強い日差しのあたらないところに置くようにする。

ケンポナシ:喘息やそれ以外の肺疾患に他の植物と一緒に煎じて飲むように奨められている。さらに、日本の常用の飲み物である米から作られるビール(酒)に酔わないように飲んでおく予防薬として大変評判がよい。

シーボルトは実に多才な人で、今でいうマルチ人間であった。植物学の中で果たした成果、園芸に果たした貢献、医学教育と博物学に果たした役割、日本文化の紹介者としての実績、商人としての活躍など当時の社会はもとより、後世への影響も多大である。

その他、上述した例にみられるように、植物の育種法、栽培法、肥培管理、立地条件、土壌条件などと薬剤としての植物の関連性に関わる研究や普及は、シーボルトが農業と医療を連携させる原点にいたことを示唆するものである。

なお、本稿は昨年のオランダ出張に際して得た情報の一部である。その他の情報については、追って紹介する予定である。
本の紹介 36:人はなぜ太るのか"肥満を科学する、岡田正彦著、岩波新書 1056 (2006)
「情報:農と環境と医療 37号」の「健康と地球環境の保全:3.環境から考える医」で、「いただきます」という言葉には、食べ物が持っていた命を私の命としていただきますという意味があること、豊かな食料の坩堝の中にいる現代人は、その豊かさ故に生き物を食べることへの後ろめたさを感じる感性がなくなったのではなかろうか、などと書いた。となると、現代人が肥満やメタボリックシンドローム(代謝症候群)などの現代病にかかるのも無理はないのか、などとも書いてきた。

メタボリック症候群に関する報道は、さまざまなところで大きくとりあげられ、いまや巷のいたるところに溢れている。肥満が健康に悪影響を及ぼしているからである。では、肥満は具体的にどんな病気につながるのか。太る仕組みとはどうなっているのか。どこまで太れば「肥満」というのか。健康的にやせるには、どうしたらいいのか。最新の疫学調査のデータをもとに、肥満をめぐる疑問を一挙に解決しようとしたのがこの本である。

著者は長年、予防医学の外来を担当してきた病院の医師で、コレステロール、中性脂肪、血糖、血圧などの検査値が悪いだけで、まだ深刻な病気にはなっていないという患者を対象に治療を行ってきた。著者の経験を通してわかったことは、肥満を解消するだけで検査値の良くなる人が非常に多いことである。

薬は健康回復のための最後の手段であって、できれば生活習慣の改善などによって病気の予防ができればと、著者は考えている。そして、肥満を解消することが、病気の予防に有効な方法であることをこの本で明らかにする。

目次は、プロローグ"なぜやせられないのか"、第1章:肥満の仕組み(栄養のもと?肥満と食事?肥満は遺伝するか)、第2章:肥満をはかる(理想の体重とは??肥満の影響をはかる)、第3章:肥満はなぜ健康に悪いか(メタボリックシンドロームとは?肥満によっておこる病気)、第4章:健康的にやせるには?(運動療法?食事療法?医学にたよる)、エピローグ"ちょっぴりやせたい人へのアドバイス"からなる。

先を急ぐ読者のために、最後のエピローグを最初に紹介する。エピローグでは、外来の受診者に著者が日々実践させている「ちょっぴりやせたい人へのアドバイス」だからである。誰にでも今すぐできることばかりである。ただし、漢字の泰斗、白川 静が常に語っていた次の想いがないとできそうもない。「志あるを要す 恒あるを要す 識あるを要す」

背筋を伸ばして颯爽と、スピードをもって、力をぬかないで歩く:颯爽と歩くには、尻の筋肉をひきしめ、靴の踵から先に着地させ、背筋を伸ばし、まっすぐ前方をみ、大股で歩く。要は力がぬけていてはいけない。

エレベータやエスカレータに乗らない:以下は、この項の執筆者の考え。賞味期限に関係なく、親から頂いた足が健康である限り歩き続ける。足腰の鍛えは、次の5年先の健康に大きく影響する。

食事のスタイル:急速に血糖値が上がるような食事の仕方は肥満の原因になる。だから、食事は1日に3回にしたい。人間の体はそのようなリズムをもっている。食べてすぐ寝るな。消化に脳が関係している。脳は休めないから、熟睡できない。エネルギーとして消費されないから血管が高血糖に長時間さらされることになる。つまり、動脈硬化などの病気が促進される。だから、寝る前の3時間くらいは何も食べないのが体に良い。栄養バランスがよいものを食べる。

緊張感:ストレスがあれば、交感神経が興奮する。その反作用で副交感神経が抑制される。ストレスがないと、副交感神経が働き胃腸の運動や唾液の分泌が活発になる。すると太る。職場でも家庭内でも、緊張感を忘れないことだ。

無理にやせなくてもいい人:次の条件をすべて満たす人は、やせる必要はない。肥満が原因でおこる病気にかかったことがない。BMIが25以下。血圧が高くない。血糖値が高くない。コレステロール値が高くない。ひざや腰などが痛くない。

肥満者の人権:世間には肥満に対する誹謗中傷がある。世の中には遺伝子の異常や、やむにやまれぬ事情でやせることができず、苦しんでいる人もいる。一番の理解者であるはずの専門家たちこそ、このことを考え理解するべきである。

社会の取り組み:喫煙は社会の問題として認識されているが、肥満は個人の問題に帰されている。行政は肥満に関する問題点を十分認識すべきであろう。肥満の問題は、これからの日本の社会が取り組むべき大きな問題なのである。啓蒙が必要である。専門家の育成が必要である。教育も必要である。

エピローグにもどる。ここでは、最先端の研究データをもとに、各章で肥満についてのあれこれを科学的に紹介する旨が書かれている。

「第1章:肥満の仕組み」をまとめる。三大栄養素の基本から見ると、たんぱく質のもとの20種類のアミノ酸のうち不要なものは体外に排出されるため、肥満の原因にはならない。炭水化物のもとの糖分が余剰だと、脂肪酸に変化し体内に蓄積される。脂肪のもとの脂肪酸が余剰だと、中性脂肪として蓄積される。肥満には、食事の影響はもちろん、遺伝的な体質も大いに関係している。肥満は両者があいまっておこるものである。

「第2章:肥満をはかる」のポイントは次のようである。肥満の程度をあらわす指標としてはBMIが基本となる。BMIは体重(キログラム)を身長(メートル)の二乗で割り算したもの。肥満をあらわす指標としてウエスト周囲長をはかる方法も役立つ。体重をはかるのは(一日中でもっとも体重が軽い)朝食の直前とする。血圧、脈拍数、呼吸伝播速度、心電図、眼底、頸動脈エコーなどの検査で、肥満が健康におよぼす影響を知ることができる。

「第3章:肥満はなぜ健康に悪いか」は、メタボリックシンドロームの説明と肥満によっておこる病気の解説である。前者のポイントは、脂肪細胞がふえるとインシュリンが作用しなくなる。血液中に中性脂肪が停滞する。肥満に拍車がかかる。インシュリンが枯渇し糖尿病がおこる。しかし、これらの因果関係を証明することは、まだ難しいと著者は語る。

肥満によっておこる病気は、インシュリンの抵抗性の理論から明らかなように糖尿病である。

糖尿病は周知のごとく、血管の内面が絶えず高い濃度のブドウ糖にさらされているので、内皮細胞が少しずつ崩れる。その結果、動脈硬化症、眼底、心筋梗塞、腎不全、痛覚、膀胱障害などがおこる。

「第4章:健康的にやせるには?」は、実践の姿が示してあるので読みやすい。まず運動療法。歩くスピード/運動強度/安全な運動の仕方/体力の限界を知る/趣味と運動の違い/ジョギングの極意/無難な水泳/運動だけではやせない/たるんだお腹/運動処方箋/注意すべきこと/健康チェック。

次は食事療法。食事の処方箋/一日の摂取量の目安/パンとご飯/間食/お酒の飲み方/脂肪の多い食品とは?/コレステロールをどう考えるか/牛乳の功罪/水で太る/ダイエットの効果/成功の秘訣/リバウンド/やせすぎ/難しい治療/食べずにはいられない/やせるポイント。

最後に医学にたよる。ダイエット?ピル/食欲をおとす薬/かぜ薬でもやせるが??/あのアスピリンも/中国製やせ薬/危ないハーブ/甲状腺ホルモン/成長ホルモン/黄体ホルモン/さまざまな発想/ダイエット?サプリ/これから期待される薬/薬を使った方がよい場合/日本で売られている食欲抑制剤/手術でやせる/民間療法あれこれ/正しくやせるための総合作戦
言葉の散策 22:喉と喉仏とアダムのリンゴ
語源を訪ねる 語意の真実を知る 語義の変化を認める
そして 言葉の豊かさを感じ これを守る

「情報:農と環境と医療 37号」の「本の紹介 35:内臓感覚」で、ソマティック?マーカー(身体からの情報)の話を紹介した。そこでは、われわれ日本人は情動を表現するのに、古くから身体用語を、なかでも消化器の用語を使うことが多いと書いた。例えば、「腹が立つ」「腹を読む」「飲めない話」「断腸の思い」など。

しかし、「喉」にも情動表現のあることが気にかかっていたので、今回は「喉と喉仏とアダムのリンゴ」と題して「言葉の散策」をこころみたい。

「喉」は、喉頭で咽頭から分かれた気管の入り口の部分である。甲状軟骨?輪状軟骨?喉頭蓋軟骨に囲まれ、内に声門や声帯を備えている。気道の一部をなすとともに発声器官になる。「喉仏」は喉頭の喉頭隆起と称される部分で、西洋ではアダムのリンゴと呼ばれている。要は、外から見たときのいわゆる隆起のことである。

「喉が渇く:人の物が欲しい」「喉が鳴る:はなはだしく欲望がわく」「喉から手が出る(化け物じゃあるまいが):欲しくてたまらない」「喉三寸:飲み下せば皆同じ」「喉元過ぐれば熱さ忘るる:苦しさも過ぎれば忘れる」「喉に十の字:約束を絶対に破らないと誓う」「喉の下から耳を舐める:こびへつらい乗じて他人を中傷するさま」「喉の下へはいる:上手に取り入る」「喉より剣を吐く:きわめて苦痛なこと」「喉を絞る:声を精いっぱい出す」

「喉を締めて息をする:最初にひどく苦しんで、その後で楽をする」「喉元思案:きわめてあさはかな考え」「美味も喉三寸:歓楽のはかなさ、無意味さ」「飯も喉を通らない:心配のあまり緊張の極に達している」。

このような喉に関する故事を眺めていると、脳腸相関が情動という脳の大切な機能の基本になるというソマティック?マーカー仮説は、体の各部分にも散在することが分かる。体の他の部分についても探索したくなる。

喉頭隆起の「喉仏」である。骨の形状が座禅をしている仏様の姿に見えるためとする説がある。しかし、皮膚の上から触ってみても、冊子で骨の構造をみても仏の姿を確認することができない。どうやら、筆者に想像力や徳がないからだろうか。

しかし、火葬後の遺骨を見ると甲状軟骨が焼失し、喉頭隆起のあった位置とは無関係の、24個ある椎骨(背骨"脊椎"を形成する骨)のひとつである第二頚椎(軸椎)が、座禅をする仏に見えるという情報がある。このことを間違いなく確認するには、多くの遺体火葬経験が必要なことは言うまでもない。事実確認は遠慮申し上げたい。

「喉仏」は英語で「アダムのリンゴ」と呼ばれる。アダムとイブが禁断の木の実を食べた。アダムの木の実は喉に詰まり喉仏になり、イブの食べた木の実は乳房になったといわれる。洋の東西を問わず、いずれも宗教に基づいていることが興味深い。言葉は深奥である。

参考資料
  • 故事俗信ことわざ大事典:小学館(1982)
  • からだの地図帳:講談社(1989)
  • ウイキペディアフリー百科事典:喉頭隆起
*本情報誌の無断転用はお断りします。
博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@学長通信
情報:農と環境と医療38号
編集?発行 博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@学長室
発行日 2008年5月1日