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農医連携教育研究センター 研究ブランディング事業

5号

情報:農と環境と医療 5号

2005/9/1
農医連携を心したひとびと:1.アレキシス?カレル
はじめに

地球は病んでいる-それもほとんど回復できないほどに-。

このことを早くも1912年にはっきりと洞察していたのは、ノーベル生理学?医学賞受賞者のアレキシス?カレルであった-と、「土壌の神秘」の著者ピーター?トムプキンスとクリストファー?バードは序論の冒頭に記している。

著名なフランスの科学者カレルは、「人間-この未知なるもの」と題する本の中で警告している。いわく、「土壌が人間生活全般の基礎なのであるから、私たちが近代的農業経済学のやり方によって崩壊させてきた土壌に再び調和をもたらす以外に、健康な世界がやってくる見込みはない。生き物はすべて土壌の肥沃度(地力)に応じて健康か不健康になる」。すべての食物は、直接的であれ間接的であれ、土壌から生じてくるからである。

トムプキンスとバードは、これらの内容を具体的に示す医学的なデータを、ロヨラ大学の生化学?有機化学のメルキオーレ?デッカーズの調査や、カリフォルニア大学医学部の免疫学のジョゼフ?ワイスマンの調査から抽出する。 

そこでは、19世紀の半ばから土壌に施用または取り込まれた化学肥料、染料および農薬などの化学物質の例が提示される。例えば、ユスタフ?フォン?リービッヒの化学肥料、ウイリアム?ヘンリー?パーキンの染料、フリードリッヒ?フォン?ケクレのベンゼン環をもつ化学物質、フリッツ?ハーバーとカール?ボッシュのアンモニア、極めつきは、パウル?ミュラーのDDT、その延長上に、クロルデン、ヘプタクロル、ディルドリン、アルドリン、エンドリンといったDDTと同様の塩化炭素系の殺虫剤とパラチオンやマラチオンといった有機リン酸塩系の殺虫剤があった。さらに近年では、ダイオキシン類の化学物質がある。

一方、化学薬品による土壌の汚染に対抗する考え方として、有機農業などによる活動例がある。有機農業運動の創始者のアルバート?ハワード卿の「土壌と健康」、イーブ?バルフォア夫人の「生きている土壌」、有機農業に対する科学的支持を簡潔かつ荘重な言葉で語ったミズーリ大学土壌科学科長のウイリアム?アルブレクト、レイチェル?カーソンの「沈黙の春」、シーア?コルボーンなどの「奪われし未来」などが挙げられる。イタリアの科学者で、ブリュッセル世界博覧会で化学賞を受賞したアメリゴ?モスカの調査結果などの提言は、化学物質の土壌への汚染を憂いこれを解決しようとした良い例であろう。 

今から93年も前にこれらの問題の本質を指摘したのが、冒頭のカレルである。この言葉は、農と環境と医療が極めて密接な関係にあることを如実に表現している。

カレルが語る農業と健康

カレルの冒頭の言葉を具体的に説明する。

すべての人間が生きていくうえで、土壌はその基である。近代農業で使用してきたさまざまな化学物質は土壌を崩壊させてきた。健康に対してわれわれが唯一希望できることは、この汚染された土壌とわれわれの体が、はたして再び調和できるかということである。

今日の合成化学物質は、土壌を疲弊し、酷使し、病気にさせ、毒化させている。そのため、食べ物の品質は悪化し、健康は害されている。栄養不良と栄養バランスの不均衡は、土壌に始まっている。快活な人間の健康は、健康な食品に依存する。これは、肥沃で生産的な土壌だけからもたらされるのである。

土壌に存在する元素が、植物、動物および人間の細胞の代謝を制御する。大気、水、植物、いや最も重要な土壌にある微量な元素分布の調和が崩されるということは、病気が引き起こされる重要な原因なのである。土壌が微量元素に欠けると、作物と水の微量元素も同様に欠乏する。土壌の元素が過剰になれば、作物も水もなべて過剰になる。 

化学肥料だけで地力を回復することは困難である。化学肥料は、土壌にうまく効かないが、作物を強制的に害して、作物と土壌を毒化する。有機的な腐植のみが生命を作る(筆者注:必ずしもそうではない)。植物は、微生物によって岩石の元素が腐植に変遷する重要な仲介物である。動物や人間が新鮮な骨と血液を作りあげることができるのは、植物のおかげである。 

化学肥料は、これに反して、土壌の腐植には組み込まれないし、それに置き換えることはできない。それらは、物理的な特性と生命を破壊する。化学肥料が土壌に添加されると、溶解し、すでにある元素と結合しようとする。新しい結合は、植物に元素を過剰に供給し、負荷をかけすぎる。そのことが、アンバランスを生む。他の余分の元素は様々な形で土壌に毒の形態で残る(筆者注:必ずしもそうではない)。

人間-この未知なるもの

「土壌が人間生活全般の基礎なのであるから、私たちが近代的農業経済学のやり方によって崩壊させてきた土壌に再び調和をもたらす以外に、健康な世界がやってくる見込みはない。生き物はすべて土壌の肥沃度(地力)に応じて健康か不健康になる」と、農と環境と医療が連携していることを早くから指摘したノーベル生理?医学賞受賞者のアレキシス?カレルが書いた本、「人間-この未知なるもの」とは、どんなものであるのか。 

この本はこれまで16か国語以上に訳され、数知れぬ読者の心に新たな希望と勇気、人生への力強い信念を与えてきた。この高名な科学者は、その豊かな経験と、人間の精神に関する該博な知識を余すところなく表現しているようにみえる。70年も前に、われわれの未来を導く鋭い考察をしている。 

1935年に初めて、この本は出版された。4年後の1939年版に、特別な序文を付けている。その冒頭で、「本書は古くなるにつれて、ますます時宜(じぎ)をえたものになるという逆説的運命を持っている」と語っている。つまり、彼の予言通りになっているということである。事実、70年たった今、病は膏肓に入っている。 

この本の目的は人間について総合的に知ることである、と「序文」で述べられている。現代文明は退廃し、本来自然の法則に支配されるべき人間の心と身体は退化している、いまこそ人間を総合的にとらえなければならないと、カレルは語る。 

各章ごとの概略を示す。

「第一章:人間とは何か-その多様な資質の未来」 

人間には素晴らしい資質があるのに、現代はそれをのばすことができない状況にある。自然科学の応用が進んだために、欲望、快適、利便性、利益を追求するあまり、物質的世界や精神的世界が変化してしまった。そのことが、人間にとって有害な文明を作り出してしまった。科学が与えた悪影響に、環境破壊、精神的退廃、退行性病変の増加、肉体の脆弱化などがあげられる。 

「第二章:「人間の科学」-分析から総合へ」

われわれの課題は、人類の体の構造や機能や知能の質を向上させることにある。そのためには統合された真の人間の科学を打ちたて、人間自身と環境を再建することが必要だと説く。 

「第三章:行動する肉体と生理」 

人間の神経、血液、心臓などそれぞれについて細かく考察する。文明人にとっては、絶えざる苦闘、精神的?肉体的努力、心理的?精神的規律鍛錬、さらにはある程度の欠乏を伴う生き方が必要だと力説する。最後に現代医学の使命について言及する。 

「第四章:創造する精神」 

知的活動、道徳的活動、美的活動、宗教的活動について語る。幸福は精神の調和の中にあり、精神活動は肉体活動に影響されると解説する。 

「第五章:人生の密度と「内なる時間」」

物理的な時間の価値は、過去と未来で異なること、「内なる時間」は生理的時間と心理的時間で相違することを解説する。さらに、人間の寿命や若返りについて解説する。

「第六章:適応の構造」 

現代の生活習慣は安易で快適なものへと流れていく。それが人間をよりよく発達させるものなのだろうか、と疑問を投げかける。逆境こそが強靱な精神と肉体を創ると説く。 

「第七章:「知的個人」の確立」

医者というものは、実在論者と名目論者の双方でなくてはならない。病気ばかりでなく、患者も研究しなければいけないと力説する。人間の独自性を生み出すものとしての教育と遺伝、遺伝要素の個人への影響などが語られる。

「第八章 人間復興の条件」

個人の進歩の条件として「孤立」と「心身の鍛錬」をあげる。人間は、適度の経済的安定性と余暇と欠乏と奮闘があるときにこそ、最高に発達する、と語っている。

カレルは快楽、利便性、快適を追い求める現代文明が、決して人間の体にとっても精神にとっても好ましいものではないことを指摘する。そのためには、自分を適度に鍛える必要があると語る。現代の世にはびこる甘えと、愛情のない寛容さが頭を過ぎる。 

自然科学の追求とその成果の利活用により、現代社会の生活は便利で快適になった。自由な時間が増え、人間は余暇を楽しむことができるようになった。しかし、それらのプラスの要件と引き換えに、人間は大事なものを徐々に失っている、とカレルは嘆く。 

利便性の追求が過ぎて、体は使われなくなり肉体は衰えていく。快適を求めるあまり、身体を鍛える機会を失い、人間が怠惰になってきた。 

旧制中学に通った人たちは、通学の往復に4~6時間もかけて歩いた、と、伯父から幼いときに聞いた記憶がある。江戸時代の晩期に生きた吉田松陰は、国防を思い津軽半島の十三湖まで歩いている。

江戸後期の伊能忠敬にいたっては、歩きに歩いて、「大日本沿海輿地全図」を成した。われわれ現代人は、身体の頑強さ、質実剛健さ、学問の素養などにおいて江戸や明治のひとびとに劣っていることは疑いない。

われわれ現代の日本人は、江戸?明治のひとびと、さらには昭和に生きたひとびとに比べ、余暇を精神の発達の為に使っているか、倫理観を失っていないか、道徳観を喪失していないか、精神的に病んでいまいか、公衆道徳は欠如していないか。不透明な自殺?他殺は、弱者への虐待は、性の乱れは、など枚挙にいとまがない。

人間も自然も同じことである。土壌は汚染され、それに伴って大気や水や植物がその影響を受けている。かつてメソポタミア、ローマ、ミノス、ギリシャの文明の崩壊は、土壌の崩壊と共にあった。

いま、土壌に起きている問題は、地域の問題であるだけでなく地球全体の問題になっている。ある地域の土壌の問題が、大気や水にも影響を及ぼし、地球全体の問題になっている。土壌のカドミウム汚染は、イネのカドミウム被害であり、それは人体へのカドミウム蓄積につながる。

今のままで状況が続けば、カレルの指摘を待つまでもなく、大地も大気も人間も蝕まれていく。

しかし、カレルの別の言葉を思い出そう。「本来、人間は無限の可能性を秘めた、崇高な存在である。その可能性を十分引き出さなくてはならない。そのためには自分と向き合い、自省し、神と対話し、ある程度ストイックな生活を送る必要がある」と。

最終章のもう一言、「人間は、適度の経済的安定性と余暇と欠乏と奮闘があるときにこそ、最高に発達する」も。さて、どうすればいいのか。

アレキシス?カレルへのさまざまな証言

○ チャールズ?リンドバーク准将

20世紀最大の学者の1人であったカレルは多くの顔を持つ男であった。彼は神秘家で観想家であり、人間の内的知覚の可能性を原子に向け、外的にはそれを星に向けて発展させた。彼は直感的であると同時に合理的であり、物質界と精神界の中間に身を置いていた。これまで私が知った人の中で、彼ほど情熱をかきたて、強い刺激を与えてくれる精神の持ち主はいなかった(1965)。

○ J J?ジョン博士

アレキシス?カレルは現在の生態学の研究活動を予示している。彼は生の法則を遵守さえすれば、改革をはるか先まで進めることが可能であることを誰よりもはっきり示してくれた。神秘や未知なるものに対するその開かれた態度は彼に種々の探求をおもいつかせ、それを可能にしたが、外科学や生物学におけるそれらの探求の真の重要性が理解されるのはずっと後のことになる(1973)。

○ アンドレ?グロ博士

ときおり、この直感的で偉大な信仰者は、科学と技術に限りない究極的な力を認めることがあった! 時には、彼の推論がひどく合理的になり、私は不安や絶望を感ずることがあった! 科学的な人間改造に向かう彼の情熱は、生理学的な操作に基づき、〈未来の為に必要な超人を科学的に作り上げること〉を目指すもので、とくに私を恐れさせた。しかし、カレルはファシストでも人種差別論者でもなかった。だが、彼は自分でも知らずに、人にそう思われるような議論を述べることが、しばしばあった。実際には、彼は学者であり、思想家であり、信仰者であった。広大無辺な人間で あった。そして彼の中には素朴な率直さと、子供のような幻想が眠っていた。

○ ロカール教授

私の知る限り、最も高く、最も完璧な知性

○ P?ルコント?デュ?ヌイ医師

稀にみる強さの創造的な想像力に恵まれたあの例外的な人間の1人

○ J?デコート教授

彼はすべてのことを成し遂げ、しかも見事に成し遂げた。血管外科学の樹立者であり、臓器移植の開発者であり、胸部外科学と心臓血管外科学先駆者であるカレルは、現代外科学の基礎を築いたのである。その後、彼は生物学的な研究に立ち向かった。彼の組織培養に関する素晴らしい仕事は、二度目のノーベル賞に十分値するものであったろう(1970)。

○ ローマ教皇パウロ6世

彼は恩寵の呼び声に堂々と応え、人間の運命と祈りに関してまことに深い思索を同世代の人たちに残すことができたのです(1970)。

○ アンドレ?ブロー司法官

私たちの文明を考えるとき、彼と肩を比べうる人間は1人しか見つかりません。レオナルド?ダ?ヴィンチです。2人とも、孤高のうちに心休まることなき探求という同様の生涯を送り、〈回心〉でも〈かみへの帰還〉でもない同じ生涯を閉じました。だが、実際は彼らの頭から神への想いが去ったことは一度もなかったのです。彼らの非順応手技のみがそのように信じさせる根拠となりうるものです。カレルは〈至福〉という言葉が持つ意味での〈純粋な心〉の持ち主でした(1970)。

○ アレクサンドル?ルナール枢機卿

アレキシス?カレル!まず私の頭に浮かぶのは、若い司祭であった頃に読んだその著書「祈り」であります。彼は祈りについて、人間にとって呼吸と同様に不可欠である祈りの必要性について、まことに強烈な信念をもって語っていたのです。

彼は医者として第一歩を踏み出した時、周囲の否定的な対応にもかかわらず、病人巡礼団の付き添い医師としてルルドに行く決心をしたのです。彼はどんな光明の光も拒否しようとはしませんでした。 彼は明晰な頭脳をもって科学研究に専心しながらも、人間という被造物の深い真理を捜し求めたのです。そして、次第に、人間の歩む方向が神に向かう方向にあることを発見していきました。

この学者の中には人間とキリスト教徒が見られます。彼の生き方と作品とが、生と死の意味を探し求めている-手探りで-私たちの時代に光をあてることができますように(1973)。

○ 長崎大学医学部長:兼松隆之

アレキシス?カレルというノーベル賞を受賞した実験外科医は、人類が繁栄するための条件のひとつとして、「精神の発達」を挙げています。ここでいう精神とは、「知性」と「感性的なもの」の二つの意味を含んだものと理解していただきたいと思いますが、「知性」のみが価値あるものとして、それ以外の「感性的なもの」を軽視していくと、人類はほろびるだろう、とカレルは警鐘を鳴らしています。いまから、70年前のことです(2005)。

アレキシス?カレルの生涯

1873年:フランスに生まれ、ディジョンとリヨンの大学に学ぶ。

1900年:リヨン大学で医学の学位を取得。そこで2年間、講義用の死体解剖助手をしながら自分の研究を始めた。当時の唯物論的医学の風潮が強かったフランスの大学においては、神秘学的な素質のあるカレルの学者としての前途は明るくなかった。

1901年:ポンセ博士の下で、甲状腺のガンについて博士論文を書く。

1902年:巡礼団付き添い医師として、聖地ルルドを訪問。重症の結核性腹膜炎の少女、マリ?バイイが聖水を浴び、急速にその症状が回復。この「ルルドの奇跡」の事例をリヨンの医学会で発表。医師仲間からは非科学者とそしられる。このことで、フランスでの医者としての活動の道が閉ざされる。

1904年:故国を離れカナダ、アメリカに渡る。

1904年:11月から1906年の8月の間の22ヶ月間で、21の共同論文完成。

1905年:32才の時、カナダに渡り牧畜業を営もうとする。シカゴ大学のハル生理学研究所のフレクスナーに認められ、ロックフェラー医学研究所へ。カレルも野口英世も医学もフレックスナーがいなければ、進歩しなかったと言われている。

1912年:同研究所正会員。組織培養法を発見し、血管縫合術、臓器移植法を考案して現代医学の礎を築いた。血管縫合と内臓移植の新方法を開発し、ノーベル生理学?医学賞を受賞。肉体から切り離した組織を生体外で培養し、無限に生かす可能性の研究をする。卵の中にいる鶏の雛から心臓の組織を1912年にとりだし、1946年までガラス器の中で生かし続けた。

1913年:フランス政府からレジョンドヌール勲章受章。

1913年:ド?ラ?マリー伯爵未亡人と結婚。

1914年:第一次世界大戦でフランス軍の軍医少佐。コンピエーニュに研究所と陸軍病院を建設。1919年まで滞在した間に、画期的な防腐消毒液であるカレル?デイキン治療法を開発(生きている細胞には何の害を与えることなく、血漿の中にあっても効力を失わず、しかも傷口の治療にあたって生きている細胞と死んだ細胞を分けやすくする。この消毒液のおかげで、第一次大戦においては無数の傷病兵の生命が救われ、かつ無数の四肢切断手術が不要になった)。また、傷口の癒り方の早さから、患者の生理学的年齢を計算する方法を開発。これによって、無生物を対象とする物理学的時間と生理学的時間があることを証明した。著書「人間-この未知なるもの」にでてくる「内なる時間」という概念のもとになっている。

1935年:飛行家リンドバーグとともに人工心臓(心臓ポンプ)を開発。

1935年:「人間-この未知なるもの」を出版。

1939年:ロックフェラー研究所を辞任し、フランス公衆衛生省で、「子どもに及ぼす栄養不良の影響」を研究。

1940年:パリにフランス人間問題研究財団を設立。

1943年:心臓発作。

1944年:パリに死す。享年71才。

参考文献

1. 人間-この未知なるもの:アレキシス?カレル著、渡部昇一訳?解説、三笠書房 (1992)
2. Carrel of Discontent, by Sherwyn Warren: http://www.chilit.org/WARREN1.HTM
3. 土壌の神秘-ガイアを癒す人びと-:ピーター?トムプキンズ、クリストファー?バード著、新井昭廣訳、春秋社(1998)
4. http://www.asahi-net.or.jp/~PI5A-KNS/semicar2.htm
5. 長崎大学医学部長から新入生へのメッセージ:http://www.med.nagasaki-u.ac.jp/med/student/nyugaku/syukuji.html
農?環?医にかかわる国際情報:4.オランダ?ワーへニンゲン大学
オランダのワーゲニンゲン大学は、もとの農業専門大学(Wageningen Agricultural University)が国立農業関連機関と統合して、WUR(Wageningen University & Reserach Centre)に再編された。大学と研究センターが2本の軸足になり、植物科学(Plant Sciences)、動物科学(Animal Sciences)、環境科学(Environmental Sciences)、農工?食品科学(Agrotechnology & Food Sciences)、社会科学(Social Sciences)の5つの専門領域が交差した構成をとっている。

経済学、経営学から政治学、法学、社会学、開発学、消費行動学、教育学、倫理学など、そのすべてが農業?食料?環境に関連する。また、他の自然科学系、技術系の学生?院生が積極的に社会科学系のコースを履修することが奨励され、自然科学と社会科学をまたいで修士論文や博士論文に取り組む院生も少なくない。

最近は発展途上国の農業?農村開発にかかわる研究、食品のリスクアセスメント?リスクマネジメント?リスクコミュニケーションに関わる研究、食料の生産?流通?加工?消費の連鎖を総体として把握する研究など、本来が横断的な問題領域での学際的プロジェクトに、ポスト?アカデミック教育や国際コンサルタントといった機能を含みながら活発に取り組んでいる。

このように、WURでは「理論と実践の結合(interactive)」や「自然科学と社会科学の統合(interdisciplinary)」が強く志向されている。これらを総称して、「ワーヘニンゲン?アプローチ」と呼んでいる。

WURの2003~2006年の戦略計画では、次の4つの領域を軸に、さまざまな専門分野が縦横に協力していくことを目指している。
  1. 社会変化のプロセス:国際化と個別化、基準?価値?立場のダイナミクス、技術と社会、相互理解
  2. 持続可能な環境:空間の多角的利用、生物多様性、気候変動、水の管理
  3. 持続的食料生産と食料安全保障:持続的生産システム、食料安全保障、生産ネットワーク、企業の社会的責任
  4. 栄養と健康:健康的な栄養、食品の安全性、バイオ医薬、消費者意識

オランダはいつの時代も進取の気性に富んでいる。今から40年前の1965年、ワーゲニンゲン大学のRobert Best 博士の監督のもとに9人の学生が、19ヶ月にわたる稲作農業研究のための世界修学旅行を企てた。稲作農業の研究を始めるため、稲作が行われている国で稲作の勉強をするためであった。日本にも1965年の6月9日から7月13日までの34日間滞在している。これらの努力は、オランダをして農業技術研究の輸出国に仕立て上げた。

当時の学生たちの専門は、土壌科学、農業経済、かんがい工学、植物育種および植物生理学など多岐にわたった。訪れた国も稲作を行っていたポルトガル、スリナム、トリニダード、ジャマイカ、メキシコ、カリフォルニア、ハワイ、日本、台湾、フィリピン、タイ、インド、イラン、エジプト、ヨルダンおよびトルコであった。あたらしい学問を始めるに当たってのオランダ人あるいはワーヘニンゲン大学の心意気が知れる。

温暖化の問題を最初に実学に結びつけたのもオランダだ。温暖化が、土壌のガス代謝ときわめて密接に関係していることを、「Soils and the Greenhouse Effect」の出版で世界に知らしめた。土壌の窒素や炭素が代謝される過程で、亜酸化窒素やメタンガスが生成?発生し、これらのガスが温暖化に影響を及ぼしているのである。この出版は、温暖化ガスの発生源の探索と対策技術の研究に世界を走らせた。

このようなオランダの新しい学問に対する改新的な情熱は、常に新しい事象を生む。今回のワーヘニンゲン大学の統合と再編は、将来を先取りした実学を生むに違いない。わが大学が志している「農と環境と医療」の連携も同じように、新たな教育と研究の潮流を生み出すことを切に期待したい。そのためには、「志を立ててもって万事の源となす 書を読みてもって聖賢の訓(おしえ)を考う(吉田松陰)」なのである。

参考資料

1) WURホームページ:http://www.wur.nl/
2) 農学における学際的アプローチの実践例:イリューム、第33号、p18 (2005)
3) 散策と思索:独立行政法人農業環境技術研究所、39-41 (2005)
4) Soils and the Greenhouse Effect: Ed. Bouwman, A.F., John Wiley and Sons Ltd. a.575 (1990)
「人と動物の関係学」あらまし
人と動物の関係学とは

「人と動物の関係学」とは、歴史を含めあらゆる方向から人と動物の関わりについて研究する学問分野だ。この分野の研究が発展しはじめたのは、1970年代といわれる。今では動物学からの取り組みだけでなく、農学、医学、社会学、教育学および心理学などさまざまな分野からの接近がこころみられている。

動物と触れあうことで心の傷を癒すアニマル?アシステッド?セラピー(動物介在療法)は、これを心理学の分野から理解する窓口としてもっともよい例であろう。また、ペットを飼うことで血圧が安定するという研究成果は、医学の面からこれを理解するうえで参考になる。このような事象は、ストレスの大きな現代社会にコンパニオンアニマル(伴侶動物)の必要性を主張する根拠にもなる。農と環境と医療の連携に重要な部門だ。

関係学というからには、何でもありの研究分野といえる。思うに、われわれ人間と動物との関わりは、人類が地球上に出現して以来ずっと続いている話だ。動物たちは何千年もの間、人の生活の重要な部分を担ってきた。これまで、動物は大切な食料源だったし、仕事のための大切な動力源でもあった。崇拝の対象になることもしばしばあった。人間の心の癒しとして芸術的?神秘的なものとして動物を見ることもあっただろう。

このように、われわれ人間は歴史の中でさまざまな形で動物と関わってきている。それらの人間と動物の接点を学問的に掘り下げてみて、それが今後どう変遷していくかを研究するのが「人と動物の関係学」と解釈していいだろう。

したがって、冒頭に紹介した最近流行している動物介在療法も研究の課題の一つになる。また一方では、食肉用の動物と人間がどう付き合ってきて、これからどう付き合っていかなければならないかという課題や、家畜の品種改良の変遷などの課題もある。さらには、動物園と動物園来場者とのあり方といったものも含まれるだろう。

どこに行こうが、今は「人がいない自然」を探すことが難しい。南極にしても、調査隊が動物と関わっている。どこにでも人がいて、動物に対してさまざまな影響を及ぼす。一方里山では、動物が農業を営んでいる人びとに悪い影響を与えている。動物には迷惑だろうが、動物園では、人と動物が共存している姿がみられる。

動物に直接何か行動を起こすことがなくても、そこに人が存在すること自体が、良きにつけ悪しきにつけそこで暮らす動物たちに影響を与えているわけだ。以下、ロビンソン著の「人と動物の関係学」を下敷きにして、人と動物の関係を追う。

人間社会における動物

古代の狩猟社会では、若い狼を飼い慣らす習慣が世界各地にあった。狼と人は有蹄類を捕食する動物としてライバル関係にあった。そのため人は狼を飼い慣らし、彼らのもつ獲物探知能力を利用しようとした。オーストラリアのアボリジニに飼われているディンゴは人と共に生活し、居住地のゴミを処理し、夜間に人の体を温め、外部からの侵入者に対する警告を発する。

狩猟社会では尊敬と信頼の対象であった動物は、農耕社会の出現によって支配の対象へと変わっていく。家畜化された動物と人の関係は、さらに強化され宗教や文化活動の中に取り込まれていった。権力支配、愛欲、豊穣の象徴へと化したものもある。

牛は早くから農耕民族の象徴になった。猫の家畜化は、宗教上の目的をもつ。古代文明に現れる犬の姿は、しばしば死と関連づけられた。犬は死を追い払う力があると信じられていた。古代ギリシャでは、犬には病気を治す力が宿っていると信じられていた。馬や牛からは得られない速力と動力をもたらした。

動物は、時が経るにつれて文化的かつ宗教的な地位を失っていく。しかし一部の動物は、コンパニオン(伴侶)として人の側にとどまってきた。

コンパニオン(伴侶)としての動物

古代エジプトの壁画には、ファラオたちが伴侶動物と共に描かれている。中国の皇帝たちは、何代にもわたり、狆(ちん)を飼育していた。ギリシャやローマの貴族たちは数多くのペットに囲まれていた。

中世ヨーロッパでも貴族や教会関係者が、ペットを飼っていた記録が残されている。キリスト教はこの習慣に批判的だった。魔女裁判はこのペットとも大いに関係しているようだ。わが国では、徳川綱吉の「生類哀れみ令」にみられるように数多くのペットを飼育していた。

近代においても、動物への対応にかなりの地域差が認められる。インドでは牛は聖獣で、殺すことも食すこともできない。西欧では牛無くして衣食はなりたたない。むしろ犬や猫がインドの牛に限りなく近い特権を得ている。アジアの一部では犬?狗や猫を食材とするところもある。

現代のペットは、飾り、社会的な地位、補助役、自己表現の手段、伴侶などさまざまな役割を演じる。動物は飼い主に代わって世間に何かを訴える道具にもなり、飼い主が他人と交流する仲介者にもなる。西欧社会におけるペット飼育の最大の理由は、伴侶を求めるところにある。最近のわが国のペット飼育の急激な増加も、これと同じ現象である。

人が動物と絆を結ぶ理由は何か? 伴侶動物すなわちペットから人が受ける物は何か? これまで情緒的、社会的欲求が満たされると言われてきたが、人は、伴侶動物を飼うことによって心理的にも生理的にもより健康的になることが判明しているのだ。そのことを、以下に「子どもの発達への影響」、「高齢者に対する影響」、「生理学的効果」および「セラピーにおけるペットの役割」と題したロビンソン著の「人と動物の関係学」各章から簡単に紹介する。

「子どもの発達への影響」

ペットが子どもに及ぼす影響の研究は比較的新しい。ペットを所有することによって、子どもの自尊心が刺激を受ける。社会的かつ情緒的な面が発達し、認知行動にもよい影響が及ぶという。その結果として、子どもは幼い頃から動物の世話や育成をどのようにしたらいいかを学ぶ。言語の取得が促進され言語能力が高まる可能性がある。

ペットを飼い始めると、少なくとも家庭内での交流が高まる。家族の団結力が高まり、家族で過ごす時間が増えると信じる、あるいは信じようとする。

「高齢者に対する影響」

ペットの飼育は、一部の高齢者で社交が促進され、アイデンティティーが確立され、動機付けがもたらされた。

「生理学的効果」

動物との友好関係は、精神が集中でき、安心感が与えられる。接触によって、安堵感が得られる。そのことによって人の不安が減り交感神経の興奮が静まる。しかし、ペットが万能薬ではないことを心しなければならない。ペットが癌や高血圧を直すわけではない。ペットとは、気分の優れないときに飲む薬のようなものではなく、人のライフスタイルを変え、それによって健康を促進し、生活の質的向上を招く力を有する存在なのだ。

「セラピーにおけるペットの役割」

人は、生まれつき食欲、睡眠欲、性欲の他に教育欲をもっている、と、筆者は常日頃考えている。人は教育される欲もあれば、教育する欲もあるだろう。これと同じように、人は生まれついて養育願望がある。人は鍛錬される必要がある一方、養育する対象も必要だ。動物はこのような人の欲求を満たすことができる。セラピーにおけるペットの役割がここにある。

セラピーの現場で動物を用いていた専門家たちは、1980年代からアニマル?アシステッド?アクティビティ(AAA:動物介在活動)とアニマル?アシステッド?セラピー(AAT:動物介在療法)とを区別し始めた。

動物介在活動は、対象者の生活の質の向上を求め、動機付けを高め、教育的、娯楽的、治療上の恩恵を与えていくものである。特別な訓練を受けた専門家やボランティアによって、動物と共に実行される。

動物介在療法は、明確な目的に向かって行う治療で、動物はそのプロセスに統合された大切な部分だ。セラピーを監督?指導するのは、医療の専門家なのだ。

国際的な動向

人と動物に関わる国際協会がある。この分野ではよく知られていることだ。アイアハイオ(IAHAIO: International Association of Human-Animal Interaction Organizations;「人と動物との相互作用関係団体の国際協会」)と呼ばれる。人と動物との相互作用の正しい理解を促進させるために、アメリカの「デルタ?ソサエティ(Delta Society):動物と人間の関係に関する情報をまとめているNPO」、フランスの「アフィラック(AFIRAC: Association Francaise d'Information et de Recherche sur l'Animal de Compagnie;)」、イギリスの「スキャス(SCAS: The Society for Companion Animals Studies)」が中心になって、1990年に設立された。世界的に組織された団体である。

この会の目的は、全てのIAHAIO加盟国、加盟団体の協力と協調により、世界の「人と動物との相互作用の研究」を「人と動物とのクオリティー?オブ?ライフと福祉の向上」に活用していくことにある。

1980年に開催された第1回のロンドン大会以来、欧米の関係団体が協力し合いHAB(Human Animal Bond:人と動物の絆)に関する研究発表と国際的な討論の場としておよそ2年ごとに「人と動物との関係に関する国際会議」を開催していた。IAHAIOが発足してからは、3年に1度の開催になった。

1995年の第7回ジュネーブ大会では「IAHAIOジュネーブ宣言?1995」が採択され、HABの推進に重要な一頁が加わった。1998年の第8回プラハ大会では、「動物介在活動 / 療法実施に関するガイドライン」が制定され、2001年の第9回リオ?デジャネイロ大会では「動物介在教育に関するガイドライン」が制定された。第10回は2004年にイギリスのグラスゴー市で開催された。この大会のテーマは、「人と動物:永遠の関係?であった。2007年の第11回大会は、東京で開催されることが決定している。

日本では、社団法人日本動物病院福祉協会(JAHA: Japanese Animal Hospital Association)がHAB思想の普及啓発に努めている。とくにCAPP(Companion Animal Partnership Program)活動が国際的に評価され、JAHAは1994年に日本の代表として加盟が承認された。

「IAHAIOジュネーブ宣言?1995」は、以下の通りである。

近年の「人と動物との相互作用の研究」で、コンパニオン?アニマル(仲間、伴侶としての動物)が、人間の健康、成長、生活の質、福祉にと、様々に役立っていることが証明されてきました。

人が動物を安心して飼うことが出来、かつ人間と動物がお互いに良い関係をもつためには、動物の飼い主と政府双方に責任と義務があります。

この活動を推進するために、人と動物との相互作用関係団体の国際協会(IAHAIO)は、1995年9月5日に、ジュネーブで行われた大会で、5つの基本的決議を行いました。IAHAIOはすべての政府機関、関係団体に、この決議を促進することを要請します。

5つの決議:
  1. 「コンパニオン?アニマルの飼い主が、他の住民の権利を侵さない適切な飼い方をする限り、人はあらゆる場所でコンパニオン?アニマルを飼うことができる」という世界共通の権利を認める。
  2. 人間の生活環境を、コンパニオン?アニマルとその飼い主の特性とニーズに合うよう、デザイン?設計することを保証する。
  3. 学校の授業にコンパニオン?アニマルに関する教育を取り入れ、正しい動物とのふれあい方を通じて、子供たちの成長に欠かすことのできない動物の大切さを児童教育に活かす。
  4. 病院、老人ホーム、養護施設などの、動物とのふれあいが必要な人々のために、訪問動物として認められたコンパニオン?アニマルの出入りができるように保証する。
  5. 身体障害を克服しようとする人々のために、動物による有益な「介助」や「動物介在療法」を公的に認知する。また、健康や社会福祉に携わる専門家の養成プログラムに、このような動物による、介在や動物介在療法に関する教育を取り入れる。

なお、この項については獣医畜産学部の天間恭介教授のご意見を伺った。記して謝意を表す。

参考資料

1)http://www.cairc.org/j/relation/glasgow.html
2) 人と動物の関係学:The Waltham Book of Human-Animal Interaction, Benefits and responsibilities of pet ownership, Robinson I 編著、山崎恵子訳、インターズー(1997)
農?環?医にかかわる国内情報:4.わが国の大学における「人と動物の関係学」
前項の「「人と動物の関係学」あらまし」で示したように、この分野が著しく進展している現状において、わが国の大学での動向はどうなっているのであろうか。ホームページでその実体を調査した。具体的には以下に大学別に記載する。概して言えば、大学での教育?研究は、動物と環境の関わりと動物が人に果たす役割を認識?理解し、人と動物との良好な関係を維持するために必要な動物行動学を理解し、さらには、現実の問題に対応する基本を理解することにあるようだ。

概念と順は不同だが、具体的には次のような項目が挙げられる。人と動物の良き相互関係、動物が人間に与える影響、人間が動物に与える影響、動物と人間の関係の止揚、野生動物の保護管理、伴侶動物学、動物行動学、バイオセラピー、生物多様性科学、応用動物科学、産業動物医学、動物介在活動、動物介在療法、人獣共通感染学、人と動物の歴史、野生動物の分類保全管理、野生動物医学、野生動物と農業被害、野生動物との共生、野生生物保護学、自然保護計画、野生生物と環境、絶滅種、野生動物のリハビリテーション、人獣感染防御、伴侶動物と人の共生、人と動物の物流の増大(人獣感染?食品医薬品の安全性?環境と野生生物)など。

岩手大学農学部獣医学科:

●人?動物関係学:人と動物の関係は獣医関係の仕事に携わるものにとって最も重要な異種間の関係である。人と動物の関係が歴史的にどのように発展してきたか、今後どのような関係が求められているのかを理解する。

農業生命科学科/動物科学講座

●野生動物学:野生動物に関する基礎知識の必要性や医師としての社会的意義について、各種実例により認識する。次に、分類学、生態学、保全生物学などの概論を講義し、これらの基礎知識を学習することにより、野生動物学全般における概念を理解する。そのうえで、実際の臨床例や調査研究の例示により、野生動物医学の概要を学習する。

●野生動物管理学:現在の日本における野生動物の種類、分布の特徴と歴史的経過、さらに野生動物の生息動態や生態調査の方法、農林業に対する被害の現状やその被害発生の要因を考察する。さらに外来野生動物が起こす問題点、農作物被害防除法などの学習を通じて、野生動物との共生のあり方を考える。さらに、参考事例として、野生動物管理の先進諸国における管理方法などを紹介する。

●野生動物管理学実習:人間と野生動物とのよりよい共生のために必要となる各種技術を習得する。それらは捕獲技術、生息数の推定方法、生息地利用方法などがおもなもので、ほとんどの作業を野外で実施する。

東京大学農学部 生物環境科学課程/フィールド科学専修

●生物多様性科学:生物の世界はなぜこんなに多様なのか、多様な世界はどのようにして維持され、また進化してきたのか。なぜ異なる生物が異なる分布域を占めているのか、日本の野生生物の世界はどのような由来と特徴をもっているのか。こうした生物の多様性やその世界の成り立ちについてのべる。次に、動物を対象にして、一年や一生の生活にかかわる問題をとりあげる。どこにすみ、何をどのようにとって食べているか、子育てはどうやっているか、単独でいるか群れになるか、群れの構成員はどんな個体からなっているか、といった問題である。また、動物の移動に焦点をあて、異なる生態系を行き来する実態とその影響についてのべる。最後に、今日急速に減少しつつある野生動物の保全についてのべ、野生動物と人間とのよりよい関係のあり方について論じる。

高等動物教育研究センター(附属農場)

●獣医?畜産学(応用動物科学)の基盤に関わる「産業動物医科学」の教育?研究の場として1949年に設置された。以来、産業動物の効率的生産や高度利用を目指した教育?研究、産業動物の健康(人獣共通感染症などの観点からのヒトの健康)の増進と維持を目指した教育?研究などを行ってきた。多くの資源動物(ヤギ、ウマ、ヒツジ、ウシ、ブタなど)の系統育成を行いながら、実験動物として系統を確立したシバヤギやアニマルセラピーに適したクリオージュ(アルゼンチン原産の小型ウマ)などを各所に供給している。さらに、実際に乳牛を飼育して、牛乳生産を継続するなど、獣医学?応用動物科学分野の動物フィールド科学の実習と教育の場としての役割も果たしている。加えて、動物生命フィールド科学を具体的な形で実証できる最先端の国際研究拠点となることを目標にして、これらの資源動物を用いた基盤研究と応用研究を次のように進めている。アニマル?セラピー用の動物や盲導犬、介護犬などとして社会に貢献する動物達のターミナルケアーを視野にいれた21世紀の産業動物の総合的ケアー?システムの研究?開発などを課題とする「動物生命フィールド科学」の創設を目指す研究?教育を積極的に進めている。

東京農工大学農学部地域生態システム学科

●野生生物保護学:野生動物の保護管理と自然観、人口、農林牧畜業などの生産様式と土地利用、自然保護区、国立公園の歴史?役割?問題点、絶滅種?絶滅危惧種の復活の必要性と保護についての考え方、技術について国内外の事例を交えて講義する。

●野生動物保護学実習:本実習では2つのテーマを取り扱う。一つは野生動物と環境との関係を明らかにすることにより、生息地管理のあり方について学ぶこと、二つ目は麻酔、肉眼解剖により捕獲個体の取り扱い技術を取得することである。

フィールドサイエンスセンター

●野生動物医学:野生動物の保護管理は、様ざまな専門的背景からのアプローチが必要であり、野生動物医学は重要な一分科である。この講義では、自然史の立場から動物界を理解し、身近な野生動物を保護できる知識の修得を目標とする。

●野生動物分野:野生動物個体の取り扱い技術と自然保護の普及を核とした教育研究を展開する研究室。疾病動物の治療成績向上のための基礎研究、鳥獣救護制度の調査検討、自然教育の実践などが主な担当分野だが、学生には意欲をもった研究テーマに主体的に取り組むことを希望している。

酪農学園大学

酪農学部酪農学科/家畜行動学研究室

●家畜の行動は、人間が家畜の特徴を理解するための重要なポイント。動物を飼い、動物と共に暮らし、動物を利用し利益を得る時には、人間の身勝手さは禁物である。当専攻では、「動物に聞く」という視点から牛の各種行動を解析し、「人と動物の関係」や「行動による施設評価」を検討して、家畜管理システム改善を目指している。

●動物行動学:動物の行動を学ぶことで、我々が言葉を通じ相互理解できない動物の欲求や状態を理解し、また、我々の期待を伝達できる可能性がある。本講義では、乳牛の行動を題材に以下の項目に従い講義を行う。

獣医学科

●生命科学入門:近年、生命科学が進展し、その成果に踏まえ健康で便利な生活が現実化している。しかし、同時に、環境汚染による野生動物の被害など地球生命体の危機が叫ばれている。この二つの相反する問題は人類の今後を大きく左右することは間違いない。生命の福祉を担う獣医学にとっても、避けて通れない課題である。現代の生命科学の基礎からフロンティアまで、さらに現在抱えている課題について解説する。

●人獣共通感染病学:人獣共通感染症(Zoonosis)は人と動物の双方が罹患する感染症を言い、人の健康を脅かす要因として獣医公衆衛生学の重要な領域である。本講では主な人獣共通感染症の疫学的特徴を学ぶとともに、その防除対策についての知識を習得する。

●環境文化論:「動物と人間との関係における新しい創造的倫理」:環境問題の源は、近現代の時代思潮の中に無意識なまでに深層化している「人間中心主義」に向かう人の心である。今や時代思潮が環境保全に向かうなかで、今後は「人間非中心主義」の心構えが必要とされる。この講義では、持続可能型社会形成にとって必須な認識である人と動物との共生関係について、新しい環境倫理の観点から考察するものである。「人間中心主義」から「人間非中心主義」への創造的変革を、動物と人間との関係を手がかりに分析するものである。

麻布大学獣医学部

獣医学科

●野生動物学:人間社会が都会化するにつれ自然志向が高まり野生動物に多くの人が興味を持ち研究対象と考えるが、既に自然環境は悪化し、野生動物の数が減少し研究対象とするには困難な状況になっている。この現状を回復するためにも、また野生動物の研究をする上にも、野生動物に関して獣医学が担うところが多くなると考えられる。野生動物に関する医学は症例、文献が少ないことに加え、多くの独特な種が存在するためまだまだ確立されたものではないが、ここでは、野生動物の基礎知識と共にその保全策と疾病について学修する。

●動物行動学:「獣医学を学ぶうえでの動物行動学」という視点に立ち、エソロジーの概念を基本としつつ、応用行動学的内容を中心に、動物行動の機構?機能およびその適応的意義を総合的に理解する。さらに、飼養動物および身近な野生動物の行動の特徴、動物の福祉の問題についても学ぶ。

動物応用科学科

●動物の持つ特性を、人間の生活に有効に活用することをめざすのが動物応用科学科である。本学科では、広く動物を応用する多様な分野で活躍できる専門技術者の養成をめざして、動物の生体機能の応用。遺伝子組み換えの技術を用いた新しい実験動物の開発をはじめ、動物の人を癒す能力を利用した動物介在活動?療法など、近年注目され始めた分野について学ぶ。次は動物の種の保存に関する分野。家畜に限らず野生動物を含めた遺伝資源としての動物の維持?保全を、地球環境と関連させながら学ぶ。

●動物社会学系の科目を充実させている点も特色のひとつである。たとえば動物の立場からヒトとの関係を考える動物福祉論、動物との交流がヒトの心身に及ぼす効果を考える動物療法概論、動物資源の利用を経済的側面から考える動物資源経済学など。

●動物行動管理学研究室:動物福祉(Animal Welfare)、動物の行動、人と動物の共生

●動物人間関係学研究室:1)動物の未知能力の解明に関する研究、2)イルカを用いた介在療法に関する研究、3)馬を用いた介在活動?療法に関する研究、4)野生動物の特性とヒトへの影響に関する研究、5)犬とヒトの関係に関する研究、6)サルからヒトを研究

●動物人間関係学:「動物人間関係学」の語源は、1979年3月イギリス?スコットランドで開催された「Meeting of groups for the study of human companion animal band」(Dundee大学)に遡る。日本では、1995年4月に設立された「ヒトと動物の関係学会」がこの学問分野に対応している。はじめに、ヒトと動物の関係に関わる歴史を含め、今なぜこうした分野を学ばなければならないのかを講義し、次いで、欧米先進国における状況と日本の遅れについて学ぶ。また、この学問分野を基盤にした動物介在療法(Animal-assisted therapy、AAT)?活動(Animal-assisted activity、AAA)についても考える。

●野生動物学:近年、「野生動物」は地球環境とともに考える傾向にある。特に、環境破壊あるいは地球温暖化といった観点から、その程度を測る物差しとして「野生動物」の変化が議論される。また、野生動物の保護も環境保全の一部として捉えられている。とりわけ、移入種(動物)の問題はその傾向が強い。本講義では、野生動物を生態系の中の重要な要素と考えて学修する。

●伴侶動物学:人間はその長い歴史の中で「家畜」として10種類の動物を改良?飼育してきた。家畜化の主たる目的は食料源であり、また狩猟など労役であった。しかし、同時に家畜は「伴侶」として掛け替えのない存在でもあった(伴侶動物とは、人と共存し、欠くことの出来ない動物群を云う)。今日、核家族化が一段と進み、人が孤独感をつのらせるとき、人から安らぎを得るのは困難な側面がある。「伴侶動物」の一層の重要性が考えられる。本講義では、伴侶動物の歴史を動物の家畜化の歴史とともに学び、また各動物の特性ならびに伴侶動物の意義を学修する。

このような情報をもとに、博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@に創出されつつある新学部に、どのような形で「人間と動物の関係学」を設置したらいいか、現在検討中である。
研究室訪問 M:獣医畜産学部 生物生産環境学科 水利環境学
「農と環境と医療」を連携できる研究の素材や人を求めて、さまざまな職場を探索している。第13回目は、獣医畜産学部生物生産環境学科水利環境学研究室の嶋 栄吉助教授を訪問してお話を伺った。博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@には、環境の名前がついた研究室が獣医畜産学部にこのほか農地環境学、水生態環境学、植物生態環境学の3室がある。また、医療衛生学部に環境衛生学が1室ある。この水利環境学は、環境を人間に例えれば、ちょうど血液に相当するような環境での水の動きや働きを研究する分野といえるであろう。

水利環境学は、嶋 栄吉助教授と渡辺一哉講師の二人で構成されている。この研究室では、次のことを目的に研究が進められている。水利環境学は、地球上の生物にとって必要不可欠な水について、食料生産、環境保全、自然と人間の共生の視点から、水環境の実体を水の運動、水の循環、水の利用、水質環境を解明する。具体的には、田園?農村地域における、食料生産活動が水環境に及ぼす影響、リサイクル社会を目指した水利用と水環境のあり方、森林や湿原などの自然と人間の共生を考えた水環境についての研究を行っている。

この研究室の主な研究テーマは、次のように整理されている。

M-1.水利用と水環境からみた地域資源の利用と保全に関する研究(研究室重点研究)
田園?農村地域における水資源を、人間生存と食料生産のための基本的な地域資源として位置付け、田園?農村地域における自然との共生、さらにリサイクル社会を目指した水利用と水環境の保全について考究する。

M-2.水田及び周辺水域における生態系配慮工法に関する研究(研究室重点研究)
水田及び周辺水域に生息する両生類?魚類を対象に、ほ場整備といった人為的環境改変による影響を把握し、その軽減手法について主に工法面から検討する。

M-3.リモートセンシング技術を用いた水環境のモニタリングに関する基礎的研究(秋田県立大学、岩手大学、筑波大学)
土壌水分、融雪、表面流出水、地下水の面からRGBと赤外線波長のリモートセンシング技術を使い、地上における水の動態について把握し、農業集水域から水文環境を解明する。

M-4.水田の水利用と浸透に関する研究(農林水産省、土地改良区)
近年、転換畑の利用により水田における水利用が変化しており、用水計画の見直しが必要になってきた。そこで、水田の水利用の実態と浸透水量を調べ、水利環境を明らかにする。

M-5.渓流河川における砂防ダムスリット化を行うことのサケ科魚類への効果に関する研究(山形大学)
渓流河川で満砂状態になった砂防ダムを対象とし、対象となる砂防ダムをスリット化した際のサケ科魚類への効果について研究する。対象となる砂防ダムの上下流を調査区間に設定し、遡上?産卵活動といった生物面での反応変化と、流速?河床変動などの物理的変化を把握する。

M-6.地域の産官学連携による資源循環に関する研究(青森県、七戸畜産協同組合)
循環型畜産の展開に関する研究を地域の産官学連携で推進する。

M-7.循環型畜産確立のための水環境の実態把握と影響評価(循環型研究プロジェクト、フィールドサイエンスセンター、動物病院)
田園?農村地域における資源の再利用と環境保全の観点から、土地利用型畜産である放牧草地での牛の飼養と放牧管理が水質環境に及ぼす影響を解明し、物質収支に基づいて水環境を評価する。

これまで、連携のためのプラットホームに「薬用植物園」、「環境科学センター」および「フィールドサイエンスセンター(FSC)」を挙げた。すでにこの研究室は、「循環型研究プロジェクト」でFSCと協力して研究を推進している。

「農と環境と医療」を連携するための研究課題には、「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育?啓蒙」、「インベントリー」、「農業?健康実践フィールド」、「ウイルス」、「環境微生物」、「環境保全」、「未然予防」、「食と健康」、「院内感染」などがある。この研究室の内容は、食料生産、水、環境、人と環境の共生に深く関係しており、農と環境と医療の研究を連携するにふさわしく、「窒素」、「化学物質」および「環境保全」に関連が深いと考える。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も併せて伺いたい。
研究室訪問 N:水産学部 水圏生態学 
「農と環境と医療」を連携できる研究の素材や人を求めて、さまざまな職場を探索している。第14回目は、水産学部水圏生態学研究室の井田 齊教授、朝日田卓助教授と林崎健一講師にお会いし、興味あるお話を伺った。井田教授は「食材?料理百科辞典」、「小学館の図鑑NEO魚」、「日本の海水魚」などを出版され、その成果は広く社会に普及されている。「サケ?マス魚類のわかる本」は、卒業生との共著である。この研究室が教育や普及に捧げている情熱が感じられる。

この研究室では、次のことを目的に研究が進められている。現在、われわれが利用対象としている多くの水産資源が、減少の一途をたどっている。それらの資源を永続的かつ合理的に利用するためには、それぞれの種についての生活史やそのあり方などの情報が必要である。しかしながら、本邦産魚類の生活史に関してはその多くが未知の状態にある。本研究室では、さまざまな資源の永続的利用に資すべく、それぞれの種の生活史の解明、生態学的?遺伝学的解析を試みている。

この研究室の主な研究テーマは、次のように整理されている。

N-1.岩手県産シロザケの資源生物学的研究(講座重点研究:井田 齊?林崎健一?朝日田卓)
岩手県に回帰するシロザケは放流技術の改善、放流量の拡大などにより過去20年間は高水準で推移してきた。しかし、近年は様々な要因で回帰量が急激に減少してきた。その変動要因を沿岸域での生残、沖合域での成長、回帰親魚の繁殖形質など多方面から検討している。

N-2.イワナの系群特性に関する研究(山口大学との共同研究)
本州太平洋岸北部に産するイワナの多様性を把握し、天然個体群の保全に資することを目的に岩手から中国地方の集団の遺伝的特性をDNA分析により解明している。

N-3.内湾域水質?底質環境情報システムの開発(水産大学校との共同研究)

N-4.水棲生物を指標とした沿岸域、淡水域の環境評価(岩手県との共同研究) 沿岸域、淡水域に生息する水棲生物を指標としてその生息環境を評価し、人間活動の影響を検討する。具体的には内湾域での構造物の建設、河川改修などの行為が魚類の生息環境へどのような影響を与えるのかを検討する。

N-5.水産資源の多様性の評価(日本栽培漁業協会、大船渡市との共同研究)

N-6.マダラおよびヒラメ系群解析のためのDNAマーカーの開発と活用(東北区水産研究所との共同研究)

N-7.霞ヶ浦水系の陸封アユの保全と利用に関する研究(文部科学省科学研究費:井田齊)
霞ヶ浦水系のアユは海産アユが湖内に陸封化されて、ごく最近に成立したという特異な経緯を持つ集団である。最近は漁獲対象となっており、河川放流用種苗としての利用も期待される。そこで本研究は、遺伝学的?生態学的?形態学的手法の組み合わせで、この個体群の特性を吟味し、その保全と利用に資することを目的とする。

N-8.DNA分析手法を応用した甲殻類捕食者によるヒラメ仔稚魚の被食生態の解明(文部科学省科学研究費:朝日田卓)

N-9.内湾域における海藻現存量推定法の開発(海洋基礎生産学研究室との共同研究)

N-10.石珊瑚類の遺伝的多様性に関する研究(モーリシャス国立海洋研究所との共同研究)
石珊瑚類は有性的にも無性的にも繁殖するが、近年、様々な原因で多くの海域で珊瑚礁の衰退が生じており、その保全の必要性が認められている。しかしながら各地の集団的特性、繁殖様式などは全く知られておらず、保全のための基礎的情報はないといっても過言ではない。本研究は広域的に分布する石珊瑚類の集団遺伝的特性を把握することで沿岸珊瑚礁生態系の保全に資することを目的とする。

N-11.ヒラメの初期生活史?補填機構の解明(岩手県との共同研究)

N-12.我が国のシロザケ増殖事業のDNAレトロスペクティブ解析による再評価(文部科学省科学研究費:林崎健一)

「農と環境と医療」を連携するための研究課題には、「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育?啓蒙」、「インベントリー」、「農業?健康実践フィールド」、「ウイルス」、「環境微生物」、「環境保全」、「食と健康」、「未然予防」、「院内感染」などがある。この研究室の内容は、食料生産、水、環境に深く関係しており、農と環境と医療の研究を連携するにふさわしく、「環境保全」に関連が深いと考える。併せて新たに「環境評価」の課題も含まれると考える。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も併せて伺いたい。
研究室訪問 O:水産学部 海洋分子生物学
「農と環境と医療」を連携できる研究の素材や人を求めて、さまざまな職場を探索している。第15回目は、水産学部海洋生物分子学研究室の川内浩司教授、高橋明義助教授と森山俊介助教授にお会いした。昨年の春、川内教授は「魚類脳下垂体ホルモンの同定と分子進化に関する研究」と題して日本農学賞?読売農学賞を受賞されている。その充実感と活力が研究室の中に溢れており、学問が行われている心地よい雰囲気の中で、興味あるお話を伺うことができた。

この研究室では、次のことを目的に研究が進められている。中枢神経-神経分泌-内分泌系は、上意下達の方式で、脊椎動物の成長、適応、生殖、代謝、変態、行動を広範に調節する。この情報伝達にはホルモンとその受容体が関与する。脳下垂体は、内分泌系の頂点にあり、神経分泌を介して中枢からの指令を受け取り、多種類のタンパク質ホルモンを分泌して末梢に伝達する。広範な国際共同研究を組織して、分類上重要な位置にある魚類について、脳下垂体を中心とするホルモンと受容体を同定し、これらの分子進化と機能分化の関係を明らかにする研究を行っている。さらに、脳下垂体ホルモンの起源を無脊椎動物に遡って同定し、新たな学問分野の創設を目指している。

この研究室の主な研究テーマは、次のように整理されている。

O-1.脳-脳下垂体ホルモンの起源と分子進化に関する研究(講座重点研究)
円口類の脳下垂体ホルモンとそれらの遺伝子を同定して脊椎動物における進化の全容を明らかにし、無脊椎動物にその起源を探る。

O-2.魚類の環境適応機構に関する研究(講座重点研究)
メラニン凝集ホルモン受容体とメラノコルチン受容体をクローニングする。これら受容体の発現組織を同定し、環境適応機構を明らかにする。

O-3.魚類の成長促進機構に関する研究(講座重点研究)
成長ホルモン受容体とインスリン様成長因子受容体をクローニングする。これらの発現組織を同定し、成長促進機構を明らかにする。

O-4.脳下垂体ホルモンの起源と進化:無顎類ホルモン遺伝子の同定(文部科学省科学研究費)(新潟大学)(ニューハンプシャー大学)
脊椎動物における成長、適応、及び繁殖の調節機構の起源と進化を考察するために、北半球のウミヤツメで唯一未同定の生殖腺刺激ホルモンを同定する。さらに、最古の脊椎動物の末裔であるメクラウナギの脳下垂体ホルモン遺伝子を同定する。

O-5.魚類の脳ホルモンと背景色の関連に関する研究(文部科学省科学研究費)(岩手県水産技術センター)(サントリー生物有機科学研究所)
マツカワの無眼側の黒化現象に関るプロオピオメラノコルチン遺伝子、およびメラニン凝集ホルモン遺伝子の作用を解明する。

O-6.魚類の摂食に関する研究(文部科学省科学研究費)(夢県土いわて戦略的研究推進事業)(宇都宮大学)(富山大学)(岩手県水産技術センター)(ウプサラ大学)
メラニン凝集ホルモンとメラノコルチンの摂食調節機構への関与を明らかにする。

O-7.魚類のカルシウム代謝に関する研究(東京医科歯科大学)(金沢大学)
メラニン凝集ホルモンとメラノコルチンのカルシウム代謝への関与を明らかにする。

O-8.成長ホルモン遺伝子の情報収集(中央水産研究所:受託研究)
魚類をはじめ脊椎動物の成長ホルモンのデータベースを作成する。

「農と環境と医療」を連携するための研究課題には、「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育?啓蒙」、「インベントリー」、「農業?健康実践フィールド」、「ウイルス」、「環境微生物」、「環境保全」、「環境評価」、「食と健康」、「院内感染」などがある。

この研究室の研究内容から、新たな研究課題として、「ホルモン」が考えられる。また、ホルモン抗体の保存の必要性から、「インベントリー」も必要であろう。さらに、カレイの研究からは、「光の波長(特定波長)」などの研究課題も必要と考えられる。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も併せて伺いたい。
研究室訪問 P:水産学部 水産生物化学
「農と環境と医療」を連携できる研究の素材や人を求めて、さまざまな職場を探索している。第16回目は、水産学部水産生物学研究室の児玉正昭教授を訪れた。学部長としてお忙しい中を快く面談いただき、興味深い話を伺うことができた。フグ毒と麻ひ性貝毒についての筆者の質問には、若い頃の情熱を思い起こしたように弁が立った。

この研究室は、児玉正昭教授の他に小瀧裕一助教授と佐藤 繁助教授の三人で構成されている。

この研究室では、次のことを目的に研究が進められている。食料、とくに貴重なダンパク源として利用されてきた海洋生物資源は、人口増加による食料不足が懸念される21世紀においてますますその重要性が注目されている。この研究室では、海洋生物を食料として利用する際に障害となる自然毒について研究し、21世紀の緊急課題の一つである海洋生物資源の有効利用に貢献したい。

この研究室の主な研究テーマは、次のように整理されている。

P-1.フグ等有毒海洋生物の毒化機構に関する研究
フグの毒化を細菌感染との関連で解明する。

P-2.麻ひ性貝毒生産菌を用いる毒の成合成と代謝に関する研究
PSPの起源が渦鞭毛藻に共生あるいは寄生する細菌であるという仮説の基に研究を進める

P-3.珪藻と細菌の相互関与による記憶喪失性貝毒生産
本研究ではドウモイ酸生産が、珪藻と細菌が相互に関与して行われるという観点から生産機構を追求し、根本的な中毒防止対策樹立に寄与する。

P-4.底生珪藻 Nitzschia navis-varingica の生産する記憶喪失性貝毒組成と生産機構の追求
高度に記憶喪失性貝毒を生産することが明らかになった唯一の底生珪藻である Nitzschia navis-varingica は、ドウモイ酸のみならず株によっては異性体のイソドウモイ酸を生産することも分かってきた。本研究では、アジア各地の本種の毒組成を調べると共にその毒生産機構を追求する。

P-5.現場即応型貝毒検出技術の開発(農林水産省研究高度化事業:東北海区水産研究所)
本事業において、貝類における麻性貝毒の代謝の部分を分担する。

P-6.麻ひ性貝毒で毒化した生鮮貝の除毒技術の開発(夢県土いわて戦略的研究推進事業?バイオテクノロジー分野:岩手県水産技術センター)
現在までに当研究室で明らかにしてきた毒の代謝機構を基に、麻ひ性貝毒で汚染された貝類の毒を早期に除毒できる実用的な技術を開発する。

P-7.有毒プランクトンに関する国際共同研究(日本学術振興会拠点大学方式による東南アジア各国との共同研究)
本共同研究において、当研究室は麻ひ性貝毒および記憶喪失性貝毒の東アジアにおける分布、および原因プランクトンの生理?生態に関する部分を分担する。

P-8.麻ひ性貝毒簡易測定法の実用化((株)カザミ)
当研究室で開発した新規抗体を用いた、感度と定量性に優れた麻ひ性貝毒の簡易分析用ELISAキットを開発する。

P-9.特殊生体成分から成る沿岸性貝毒海洋生物の特異な生命現象と生物間ネットワークおよびその利用
水産上重要な生物種の持続的な利用に不可欠な生物学的環境の維持を、そこに生息する生物の生理?生体の面から理解する本研究において、当研究室は生物に見出される毒を中心に研究に参加する。

農と環境と医療」を連携するための研究課題には、「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育?啓蒙」、「インベントリー」、「農業?健康実践フィールド」、「ウイルス」、「環境微生物」、「環境保全」、「環境評価」、「食と健康」、「感染」、「ホルモン」、「光の波長」などがある。 この研究室の研究内容から、「感染」と「化学物質」が連携のための研究課題になるであろう。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も併せて伺いたい。
研究室訪問 Q:水産学部 水産微生物学
「農と環境と医療」を連携できる研究の素材や人を求めて、さまざまな職場を探索している。第17回目は、水産学部水産微生物学研究室の緒方武比古教授を訪ねた。この研究室は、小池一彦助教授と小檜山篤志講師の3人で構成されている。緒方教授は水産学部の前途を嘱望された学部で最も若い教授である。そのため、研究以外に学部のさまざまな運営に関与しておられ、多忙な毎日であるにもかかわらず、快く対応していただいた。

この研究室では、次のことを目的に研究が進められている。微生物は水圏においても、その物理化学的および生物学的環境との間に複雑な相互作用を営みながら生物圏の維持に重要な役割を果たしている。本研究室では主に水圏微生物の発生?消滅や物質生産、さらには他生物との共存?競争などの諸過程について、その環境との関わりや生物学的諸過程を様々な側面から追求しようと試みている。具体的には、微生物を水産生物の生物学的環境と捉え、特に漁業被害や各種生物の毒化を引き起こし水産上大きな問題となっている微細藻類を中心に、その増殖生態、有性生殖機構や有毒成分生産機構について生理化学的、細胞学的、さらには分子生物学的なアプローチを行っている。また、刺胞動物などと微細藻類の共生関係確立機構も重要な研究分野の一つである。

この研究室の主な研究テーマは、次のように整理されている。

Q-1.有毒有害微細藻の発生?消滅に関する生理、生態学的研究(講座重点研究)
有毒有害微細藻の発生は人的のみならず水産業にも甚大な被害を与えている。本研究では、これら微細藻と環境の複雑な相互関係についてフィールド調査、培養実験、生化学的、細胞学的手法など多様なアプローチにより総合的な解析を試みる。

Q-2.渦鞭毛藻の生物学的特性に関する細胞組織学的研究(海洋バイオテクノロジー研究所)
渦鞭毛藻は独特な進化を遂げてきた微細藻であることが最近明らかにされつつある。この研究では渦鞭毛藻が持つ特異な生物学的特性と関連づけて細胞内小器官の変異、変化を観察することにより、その生存戦略解明にアプローチする。

Q-3.有毒有害渦鞭毛藻の分布と系群に関する遺伝学的研究(東京大学農学生命科学研究科)
有毒有害渦鞭毛藻種は種々の分類群わたり、その分布は世界各地に拡大する傾向にあることが明らかになりつつある。この研究では有毒渦鞭毛藻の系統およびその地理的系群の類縁関係を遺伝学的に追求する。

Q-4.渦鞭毛藻の休眠胞子形成、発芽生理に関する研究(東京大学農学生命科学研究科)
渦鞭毛藻の多くは生活史の過程で有性生殖し、休眠胞子を形成する。休眠胞子は特定海域の栄養細胞増殖の種群集を提供するとともに、その人為的移動は分布拡大の原因となる。この研究では、休眠胞子の形成、発芽生理を生化学的、分子生物学的側面から明らかにし、有毒渦鞭毛藻の発生予知や分布拡大防止対策のための基礎的知見を得る。

Q-5.渦鞭毛藻の栄養摂取様式と環境応答に関する研究(岩手県水産技術センター)
渦鞭毛藻、特に麻ひ性貝毒や下痢性貝毒の原因渦鞭毛藻について、その混合栄養性と増殖生態、毒生産との関わり、ならびに貝類養殖環境と栄養摂取生態との関係などをフィールド調査や培養系を用いた研究により明らかにすることを試みる。

Q-6.有毒微細藻における毒成分の生産?代謝に関する研究(水産学部)
有毒微細藻の毒生産?代謝に関しては依然として不明の部分が多く残されている。この研究は、これらの問題に対して主に毒成分結合タンパク、毒成分の細胞内分布、毒成分の変換機構、毒生産と微細藻の増殖生理の関係などの観点からアプローチする。

Q-7.刺胞動物と渦鞭毛藻の共生系確立にかかわる分子機構に関する研究(水産学部)
サンゴなど刺胞動物は共生微細藻としてある種の渦鞭毛藻を有する。この研究では両者の共生関係確立かかわるレクチンの役割を明らかにする。すなわちレクチンがサンゴによる微細藻類の認識や生態制御にどのような関わりを持つかについて、様々なアプローチを試みる。

「農と環境と医療」を連携するための研究課題には、「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育?啓蒙」、「インベントリー」、「農業?健康実践フィールド」、「ウイルス」、「環境微生物」、「環境保全」、「環境評価」、「食と健康」、「感染」、「ホルモン」、「光の波長」などがある。

この研究室の動向をみるに、新たに緒方教授自身からも提案されたが、「環境応答」を加えるべきであろう。その他この研究室の連携課題には、「環境保全」、「感染」、「化学物質」などが考えられる。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も併せて伺いたい。
本の紹介 6:A HANDBOOK OF MEDICINAL PLANTS OF NEPAL「ネパール産薬用植物ハンドブック」、渡邊高志ら、Kobfai Publishing Project, Foundation for Democracy and Development Studies, Bangkok, Thailand(2005)
筆頭著者の渡邊高志は、本学薬学部附属薬用植物園の教員である。この植物園については、「情報:農業と環境と医療」の2号で詳しく紹介している。なお2号では、この植物園が「農と環境と医療」連携の一つの重要なプラットホームになることも詳しく紹介した。そのことは、この本の紹介でさらに信憑性が高められる。

この本は全て英語で書かれている。なお、この本を紹介するに当たっては、著者の一人の渡邊氏に訳に関して全面的な協力をいただいた。記して感謝の意を表する。

総カラーで262ページに及ぶこの書は、美しく大変見やすい。まず表紙を眺めてみよう。中央ネパールのランタンヒマラヤの温帯から高山帯に分布する植物が、高度の違いに応じて著者の手で6種の薬草が描かれている。表紙の植物の絵は、薬用植物を研究することの楽しさと、植物の美しさを教えてくれる。

● Meconopsis horridula メコノプシス?ホリドゥラ(ケシ科):青いケシ
● Rhododendron arboreum ラリーグラス(ツツジ科):ネパール国花シャクナゲ
● Taxus wallichiana ヒマラヤイチイ(イチイ科):抗癌剤
● Rosa sericea ローザ?セリケア(バラ科):ローズヒップの仲間
● Panax pseudo-ginseng ヒマラヤニンジン(ウコギ科):渡邊の博士論文の植物
● Geranium nepalense ネパールゲンノショウコ(フウロソウ科)

2-3ページ繙くと、中綴じ(Contentsの次頁)裏絵が現れる。西ネパール?ルンビニ公園(釈迦の生誕地)の薬用植物が7種描かれている。いずれも熱帯に分布する植物だ。

● Acacia catechu ペグー?アセンヤクノキ(マメ科)、● Aegle marmelos ベルノキ(ミカン科)、● Bombax ceiba インドワタノキ(パンヤ科)、● Crateva unilocularis クラテバ?ユニクラリス(フウチョウソウ科):仏教植物、● Elaeocarpus sphaericus インドジュズノキ(ホルトノキ科):仏教植物、● Melia azedarach タイワンセンダン(センダン科)、● Terminalia bellirica セイタカ?ミロバラン(シクンシ科)アーユルヴェーダ植物

地球上に30~50万種の植物があるとすれば、その約1割の3~5万種が薬用植物であると推定されている。例えば、日本の高等植物約5,500種のうち、薬用植物は400種だ。ネパールでは、約7,000種の高等植物のうち、約700種が薬用植物だ。

植物地理学的な観点からみると、ネパールは東から東アジア区(日華区系)、南東からはインドシナ区、西と北からはイラン?ツラン区の植物相の供給を受けている。東アジア区は中国西南部を中心とし、その東の端は日本の暖帯、温帯に至っているため、ヒマラヤ地域の植物は、日本と共通の種や近縁種が多い。

ネパールの薬用植物は、その49.2%が熱帯地域に、53.96%が亜熱帯に、35.7%が温帯に、18.09%が亜高山帯、そして7.14%が高山帯に分布する。ヒマラヤ地域では高山植物を薬用にするものも多く、年々生薬製剤の原料として乱獲が激しくなって来ている。このためヒマラヤの諸国では、個体数減少などを理由に、絶滅危惧種を指定し、商取引を制限しているものが増えている。

この本では、釈迦の生誕地であるネパールに因み煩悩の数と合わせ108種の薬用植物について、それらの特徴、花期、使用部位、分布図、化学構造式、文献情報を左右見開き2頁を1種の解説ハンドブックとしている。また、終わりの頁にネパールに自生する500種類の重要な薬用植物リストが加えられている。

導入部にネパールヒマラヤとその自然についての説明がある。ヒマラヤ山脈は、アジア中央部高地の南縁を形成し、西はアフガニスタンから東はミャンマー西方のインド?チベットに達する。標高7,000m 級を超える峰々が連続し、東西に広がるヒマラヤ山脈のほぼ中央部分がネパール王国になる。

ネパール王国は、インド亜大陸の北部、北緯26°から35°に位置する。日本列島でいえば、ちょうど屋久島から沖縄の間にあたる。わずか14万7千km2の面積で、北海道の約2倍にあたる。周辺国のあらゆる自然を集約した縮図のような形態をしている。国土は東西に長く(800km)、南北は短い(100 -150km)。南部の亜熱帯雨林地帯から、標高7,000m 以上のヒマラヤの極地性気候に及ぶ。

ネパールは大きく3つの地区に分けられる。南はインドと接する海抜100~200mの平野部のTerai(テライ)地区。北はチベット高原との境を造る標高3,000m以上の山岳地帯。その中間の丘陵地区である。これら3つの地区は南北に貫く大渓谷と丘陵。首都カトマンドゥのような盆地。テライ平野と丘陵部の境にある熱帯雨林地帯などに複雑に細分される。

ネパールで一つの村を調査すると、熱帯から亜高山帯までの植物がほぼ同地区で観られることがよくある。このことは、標高差が大きいことを意味する。例えば、1,000m 以上の標高差を人々は日常的に移動しなければならない。山岳地域での生活の厳しさは相当なものだ。人口の半数はテライの肥沃な平野部に集まり、残りは徹底的に耕作した丘陵地帯の山地で生活している。

ネパールでは、人々と植物がその地理や気候上の多様性の中で生き続けてきたことを忘れてはならない。ネパール西部以西(西ヒマラヤ)の少雨地域では、夏に雨が少なく乾燥し、連続した植生は氷河からの流水や泉水がある場所にほぼ限らる。森林は河畔や特殊な環境をもつ地域に限定されるので、西ヒマラヤでは森林限界が明らかなところは少なく、高山の氷河や泉水の周囲のみにあたかも砂漠のオアシスのように島状に植生が発達している。

これに対して雨期に入ると、西から東に向い徐々に降雨量が増加する。ネパール東部以東(東ヒマラヤ)では、雨量が豊富だ。したがって森林がよく発達し、森林限界の上方にも連続した植生がみられる。ただし、通年雪や氷に被われている地域では生育できないこともある。雪線が植物の生育限界になっている。東ヒマラヤでは、雪線(概ね標高5,500~6,100m)の山腹に植物が出現し、高山帯といえどもその中腹に分布している。

博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@には出版部がないこともあり、著者はこの本をタイ国チュラルコン大学出版会より刊行している。著者の出版までの苦労を聴くと、わが大学にも出版部の創設が必要かと思われる。この本は、タイ国チュラルコン大学出版会(E-mail: cubook@chula.ac.th(定価:850BT)に直接申込み購入できる。また、ドイツ最大のWeb書店コルツ社(https://www.koeltz.com/ (定価:98 USD)からも注文できる。
本の紹介 7:フード?セキュリティー だれが世界を養うのか、レスター?ブラウン著、福岡克也監訳、ワールドウォッチジャパン(2005)
かつて、ワシントン?ポスト紙はこの本の著者を「世界で最も影響力のある思想家」と評したことがある。この本を紹介している筆者は、1997年の第13回国際植物栄養科学会議で氏と招待講演を共にする機会に恵まれた。そのときの氏の出で立ちが忘れられない。壇上の氏は、蝶ネクタイにズック姿でその装いをきめていた。装いからも、何か新しいタイプの思想家であり実践家を想起させられた。

地球環境問題の分析を専門とする民間研究機関として、ワールドウォッチ研究所が設立されたのは1974年である。氏がこの研究所で1984年から発刊され始めた「地球白書」の執筆に専念したことは、有名な話である。地球の診断書とも言うべき「地球白書」は約30ヶ国語に翻訳され、世界の環境保全運動のバイブル的な存在になっていった。氏が世に問う書籍は世界を席巻(せっけん)する。

氏の思想は、人口の安定と気候の安定の二つに集約できる。過剰の人口増加は、食糧生産の増大を要求する。食糧の増産は、土地の劣化や水不足をもたらす。工業化の成功は、耕地面積の縮小と、多量の化石燃料の消費に転じる。

ワールドウォッチ研究所を退いたあと、氏はアースポリシー研究所を設立して所長に就任する。2001年の5月のことである。ここから世に問う書籍は、再び世界を席巻する。「エコ?エコノミー」、「エコ?エコノミー時代の地球を語る」、「プランB-エコ?エコノミーをめざして」がそうである。今回の本は、これらに続く第4回目の作品で、食糧安全保障の問題である。

「エコ?エコノミー」では、「環境は経済の一部ではなく、経済が環境の一部なのだ」と述べ、多くの経済学者や企業の経営計画に携わる人々の認識に疑問を投げかけた。そして、この「経済は環境の一部である」という考えに従うならば、経済(部分)を生態系(全体)に調和するものにしなくてはならない、と言う。

「エコ?エコノミー時代の地球を語る」では、「生態学的な赤字がもたらす経済的コスト」と題して、われわれは今、大きな「戦争」を闘っていると解説する。この闘いとは、「拡大する砂漠」と「海面上昇」である。さらに、「エコ?エコノミー」の構築に向けて、その進展状況を図る尺度として12の指標を選び、これらを解説する。

「プランB-エコ?エコノミーをめざして」では、経済の再構築についての議論が深められる。さらに、この作業が急を要する理由が説明される。昔の人びとは、地球の自然資源という資産から生じる利子で暮らしていた。しかし現在の私たちは、この資源(元金)そのものを消費して生活している。この自然の資源を崩壊?消耗する前に調整することが私たちの緊急課題なのであると解く。

さて、本書「フードセキュリティー」である。今世紀の世界の食糧需給予測がきわめて困難であることが強調される。世界中でみられる環境変動、すなわち「過剰揚水」、「過剰耕起」、「過放牧」、「乱獲」が、いずれも従来の「増産」トレンドを、突然に「減産」に転じさせるからである。21世紀の食糧生産戦線は突然に激変するわけで、確かな予測をすることが、かつてないほど困難な時代なのである。

このことを解説するため、第1章:「地球の限界」へ突き進んだ「膨張の半世紀」と第2章:地球号の定員は70億人か、が費やされる。第3章から第7章は、過食、増産、砂漠化、水不足、温暖化と農業生産などの現実が具体的に提示される。

第8章:中国が世界の穀物を買い占める日では、中国の胃袋の脅威を、第9章:ブラジル農業への期待と環境不安では、はたして食糧安全保障に夢がもてるかを、第10章:グローバル?セキュリティーをめざしてでは、「消費量の削減」と「不足の時代」が語られる。

この本は、先の三冊を読むことによって、著者の考え方や洞察力がさらに深く理解されると思われる。このシリーズを読めば読むほど、われわれに残された時間は短い。
*本情報誌の無断転用はお断りします。
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情報:農と環境と医療 5号
編集?発行 博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@学長室
発行日 2005年9月1日