相模原市認知症疾患医療センター

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センター長コラム

第22回 張り合いや楽しみのこと

 年末に認知症のある人が仕事をする通所介護サービス(デイサービス)を見学する機会に恵まれました。そのデイサービスを運営している人や、地域の支援する人たちからかねてより教えていただき、いつか見学してみたいと思っていました。何しろついつい買い過ぎてしまうほどに、安くて美味しいパンや洋菓子を作り販売しているそうなのです。

 筆者が見たことのあるデイサービスというと、たいてい〇〇デイサービスと事業所名が記された看板が玄関先に掲示されています。玄関を開けると机が点在し、利用している人たちが椅子に腰掛け楽しそうに歓談しているか、レクリエーションをしながら笑い声が聞こえる風景に出会うものです。中には居眠りをしている人もいます。筆者は以前、非常勤でお世話になっていた介護事業所から本務先へ戻る際、事業所内にあるデイサービスのエリアを好んで通りながら、そうしたデイサービスのゆったりとした雰囲気を味わっていました。

 デイサービスへのそうした先入観からか、パンや洋菓子を作り、販売しているデイサービスというのは、どんな雰囲気なのか想像することができませんでした。例えばアルツハイマー型認知症があると、細かな段取りの求められる料理が苦手になることが多いようです。ですから「大勢の介護士さんがマンツーマンで利用している人を支援しながら運営しているのだろうか」「それでは人件費がかさんでデイサービスの運営は大変なのでは」などと、今から思えば失礼かつ勝手な心配をしていました。そしてこの見学によって、筆者の中にまだある認知症へのスティグマに気づかされることになります。

 見学当日、仕事をすることができるデイサービスに到着したものの、言われるまでデイサービスだとは全く気づきませんでした。筆者には個性的でおしゃれなパン屋さんにしか見えませんでした。店先では高齢の元気な人が新鮮な野菜も販売していました。通りすがりの人たちが足を止め、野菜を買って行きます。店内に入ると内装もおしゃれです。見るからに美味しそうなパン、サンドイッチ、焼き菓子が並んでいます。レジにはお目当てのパンを手にした幸せそうな表情のお客さんが並んでいます。そしてその奥では大勢の人たちが元気に作業をしています。作業を終えてお茶とおしゃべりを楽しんでいる人もいます。そこにはこれまで見てきたデイサービスとは全く異なる光景が広がっていました。

 これまで見てきたデイサービスは、支援する人と利用する人が一目でわかります。しかしそのデイサービスでは誰が支援する人で、誰が利用する人なのか全くわかりませんでした。誰もがいきいきと楽しそうに仕事をし、休憩し、語り合っていました。認知症とか障がいとか、診断なんてどうでも良くなるような空気感、良い意味でのごちゃ混ぜ感、対等さを感じました。立ち上げた人は「僕は認知症のことも、介護のことも全く勉強してないんです、その人ができそうなこと、したいことをその人と話して、役割を持つことができる場を作っているだけなんです」と教えてくださいました。店を出て道ゆく人が足をとめ、店先で野菜を販売している人と楽しそうに話している風景は、認知症へのスティグマというものが低減された世界のように感じました。こうした場所がもっとたくさん増えたら、認知症フレンドリー社会と呼ばれる社会に近づいて行きそうです。

 とはいえ筆者は今ある多くの仕事をするわけではないデイサービスを否定するつもりは全くありません。むしろ必要な存在だと思っています。大切なのは認知症があっても、張り合い、楽しみ、目的を感じることができる居場所が街に多くあることだと思います。誰もが仕事をしたいわけではありません。のんびりしたい人もいます。運動したい人もいます。音楽を楽しみたい人もいます。張り合い、楽しみ、目的の感じ方は人それぞれです。そうした個別のニーズが満たされやすい居場所、選択肢が増えることが大切なのではないでしょうか。

 生活の中での張り合い、楽しみ、目的のありようと、アルツハイマー型認知症のある人の認知機能、脳の神経病理学的な変化には関連があり、生活の中での張り合い、楽しみ、目的次第で、認知機能や脳の神経病理学的な変化に良い影響が及ぶ可能性があることを示唆する報告があります。認知症があっても、暮らしの中で張り合いや楽しみを感じることができる状況を作っていくことがいかに大切なのかということに気づかされます。認知症疾患医療センターに求められている専門的な診療、支援、支援する人への支援や教育という機能においても、こうしたことを意識していきたいと考えています。

引用
  • 徳田雄人. 認知症フレンドリー社会. 岩波書店, 2018.
  • Boyle PA, Buchman AS, Wilson RS, Yu L, Schneider JA, Bennett DA. Effect of purpose in life on the relation between Alzheimer disease pathologic changes on cognitive function in advanced age. Arch Gen Psychiatry. 69(5):499-505, 2012.

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