相模原市認知症疾患医療センター

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センター長コラム

第21回 飲酒のこと

 地域で支援にたずさわる方達から「認知症でしょうか」と相談される時、よくよく話を聞いてみると、どうやら認知症ではなく飲酒が関連しているように思われることはめずらしいことではありません。アルコールは認知機能にマイナスの影響を及ぼす物質として有名です。飲酒量の多い人の中には、ビタミンB1の不足に伴い重篤な認知機能の低下、多彩な神経症状が生じ、眼球運動、嚥下、歩行もままならなくなることもあります。しかし、アルコールによる認知機能の変化は、飲酒量を減らすことや飲酒をやめることで回復する可能性があります。ですから、認知機能の低下を疑った時、飲酒に着目することはとても大切です。

 一方で、支援する人に飲酒にまつわる情報を教えていただこうとすると、全く把握されていないことがあります。それはなぜなのだろうかと考えてみると、支援する人にとって、飲酒にまつわる情報はそれほど重視されていないのかもしれません。確かに私たちのこの国はアルコールに寛容です。コンビニエンスストアに行けば、24時間365日、アルコール飲料を購入することができます。テレビや新聞、電車の中吊り広告、Webサイトはアルコール飲料のCMで溢れています。博狗体育在线_狗博体育直播【官方授权网站】@感染症が流行する中で、感染予防のために飲み会は自粛しましょうという声がある一方、「忘年会や新年会くらいは」という声を耳にすることもあります。このように、私たちのいる社会はアルコールにアクセスしやすく、飲酒量の多い人に寛容な社会のように思われます。ですから支援する人が飲酒にまつわる情報をそれほど重視しないのもわかる気がします。

 しかしアルコールの有害性は極めて強いことが指摘されています。世界薬物政策委員会が2019年に公開したレポートにある、アルコールやニコチン、様々な処方薬、違法とされることのある薬物について、使用している人と周囲への害の強さを記した表を見る限り、アルコールは最も有害のようです。こうした点を考えても、支援にたずさわる人は認知症のことを心配されている人に出会った際、飲酒について着目することは大切と言えるのではないでしょうか。

 それでは認知症のことを心配されている人の飲酒量が多かった時、支援する人や近くにいる人は飲酒をやめるよう説得することが望ましいと言えるでしょうか。「酒は認知機能を低下させるのでやめましょう」と言えば良いのでしょうか。こうした一方的な説得はあまり良い結果をもたらしません。では認知機能が低下しているのに飲酒量を減らすことができない人に対して、私たちにはどのような態度と言葉が求められるのでしょうか。

 そのために必要なのは、まずは私たちの中にある飲酒量の多い人へのスティグマに気づくことです。私たちの中には「酒を減らせないなんて根性がない」「大酒飲みはだらしがない」「説得しても減らせないに違いない」のような、飲酒量の多い人へのスティグマがあります。こうした飲酒量の多い人へのスティグマが強くあると、飲酒量を減らすことに抵抗のある人と対決的にあり、叱るような態度が生まれやすくなります。

 次に大切なのは、飲酒量が増える理由と、その人の心情を知り、想像することです。飲酒量が増える理由を理解する上で有用な考え方として、自己治療仮説があります。人が物質や行動に依存するのは、依存性のある物質や行動、性格や根性のせいではなく、不快な気分や困難な状況を和らげるために、たまたま出会った物質や行動によって緩和する体験を重ねるうちに、その物質や行動に依存するという考え方が自己治療仮説です。特によく出会うのは、退職後の男性、配偶者を喪失した男性です。仕事や配偶者を喪失する中で、やるせなさ、悲哀、張り合いのなさを飲酒によって紛らわせる、すなわち自己治療するうちに飲酒量が増えるというのは、自己治療仮説に基づいて考えると、理由として理解しやすいでしょうし、その人の心情も想像しやすくなるのではないでしょうか。

 飲酒量が増えている人の多くは、実は飲酒量が増えていることに自ら懸念を感じ、さりとて人に指摘されることに恥の意識を抱きやすいものです。そうした心情を想像しながら、「お酒を飲むことで得られるメリットは何でしょう」のように尋ね、飲酒によって和らげたいその人の心情に耳を傾け、理解を示すところからはじめることが望ましいでしょう。そうした対話を重ねながら、健康への悪影響にまつわる懸念を謙虚な態度で伝え、精神保健福祉センターにある相談窓口へ連絡を取りつけ、支援につなぐことができると良いでしょう。ご本人がこうした支援を拒んでも、家族だけでも相談できる窓口もあります。

 年齢を重ねながら多くのことを経験してきた人へ恥辱感を与えるのではなく、畏敬の念を抱きながら、アルコールを使用することによって何とか生き延びようとしている苦しみ、その心情を想像することが、望ましい態度と言葉を生み出すような気がしています。

引用

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