相模原市認知症疾患医療センター

文字サイズ

  • 標準
  • 大きい

センター長コラム

第20回 BPSDという言葉に感じる違和感

 認知症のある人のケアに関わる人々は、認知症のある人に生じる怒り、苛立ち、興奮、落ち着きのなさ、幻覚や妄想を一括りにまとめてBPSDと述べることがあります。BPSDとはBehavioral and Psychological Symptoms of Dementiaの略です。日本語では「認知症の行動?心理症状」と訳されています。

 しかし筆者はBPSDという言葉に違和感を感じることがあります。だからといってBPSDという言葉を用いる人を非難するつもりはありません。ケアに関わる人がBPSDという言葉を用いるのには理由があります。何しろ多くの教科書にはBPSDという言葉が記されています。様々な研修でもBPSDという言葉が用いられています。日本や海外の著名な研究者が記した論文にもBPSDという言葉が用いられています。ですから多くの支援者がBPSDという言葉を用いるのは当然と言えるでしょう。しかしBPSDという言葉を用いることは、いくつかの不利益を支援者にもたらし、それは結果的に認知症のある人に望ましくない影響をもたらしてしまうように思うことがあります。

 認知症のある人の行動や心理面に変化が生じている時、その理由は必ずしも脳の神経病理学的な変化とは限りません。便秘でお腹が張って苦しいけれど、それをうまく伝えることができず、苛立ちや落ち着きのなさ、活気のなさとして表現されていることは珍しくありません。身体の病気によって生じる痛みや痒みがあるのだけれど、それをうまく伝えることができず、行動や心理面に変化が生じている状況に出会うことも多くあります。

 服用している薬の副作用によって行動や心理面に変化が生じていることも多く出会います。例えば幻覚や妄想、興奮を鎮めることを目的に処方されることの多い抗精神病薬は、アカシジアと呼ばれるそわそわ感、むずむず感をもたらすことがあります。アカシジアが生じればうろうろと歩き回りたくなるのも当然です。薬の副作用に関する説明を記憶することが苦手になれば、アカシジアがつらいと周囲の人に相談することが苦手になります。こうしたことは抗精神病薬に限ったことではなく、多くの薬で生じる可能性があります。

 記憶を含む様々な認知機能が低下すると、それまで家庭や社会で果たせていた役割を果たしづらくなることがあります。果たせていた役割を失うことは自尊心を傷つけます。家庭や社会の中で孤立をもたらします。寂しさや悔しさ、もどかしさを感じやすくなります。記憶や注意、言語など、様々な認知機能が低下することによって生じやすくなる暮らしの中での小さな失敗は、恥の意識をもたらします。これ以上、自尊心が傷つく状況を避けたい、孤立から逃れたい、寂しさや悔しさをどうにかしたい、恥を感じたくないと思えば、それは行動や心に様々な変化をもたらすでしょう。認知症のある人の行動や心理面の変化の背景には、こうした心の変化があることも多いようです。

 こうして考えてみると、BPSDと呼ばれる認知症のある人に生じる行動や心理面の変化は、身体や心の苦しみを周囲の人に伝えようとしている表現と捉えることができます。身体や心の苦しみについて助けを求めているメッセージと捉えても良いかもしれません。認知症のある人に生じる行動や心理面の変化を、このようにして捉えることは、支援する人にその苦しみの理由を考えようとする姿勢をもたらしてくれそうです。しかしBPSDを「症状」として捉えることは、「治療すべきもの」「取り除くべき悪しき存在」という認識をもたらし、支援する人に認知症のある人の苦しみの理由を考えようとする姿勢を奪ってしまいそうです。結果的に向精神薬による対応を増やしてしまいそうです。このことがBPSDという言葉に感じる違和感の理由です。

 近年、海外では認知症のある人の行動変化をBPSDではなくチャレンジング行動(Challenging Behavior)と表現することが多くなりました。チャレンジング行動と表現する理由は、認知症のある人の行動変化の多くを、困った状況を自分なりに解決しよう、誰かに伝えようと努力した結果であると解釈することにあります。認知症のある人の行動や心の変化について、ケアに関わる人から相談されている時、認知症のある人の行動や心の変化をBPSDと捉えるのではない、こうしたパラダイムの転換が求められるように感じています。

引用
  • Taft LB, Barkin RL. Drug abuse? Use and misuse of psychotropic drugs in Alzheimer's care. J Gerontol Nurs. 1990 Aug;16(8):4-10.

ページの先頭へ