相模原市認知症疾患医療センター

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センター長コラム

第16回 ポリファーマシーと処方カスケード

 認知症疾患医療センターへの電話相談、受診は、多くの高齢の人にご利用いただいております。高齢の人の約半数は5種類以上の薬が処方されているという報告があります。実際、認知症疾患医療センターで出会う人の中にも、複数の薬を服用している人はめずらしくありません。
 複数の薬が処方されているからといって、それは問題だ、けしからん、薬害だなどと糾弾するつもりはありません。歳を重ねれば罹る病気も増えます。つらい症状が緩和されるのであれば、必要な薬が複数にわたることも仕方がないでしょうし、複数の薬によってその人の暮らしが安心できるものになることも当然あるでしょう。

 しかし、複数の薬が処方されることによる心配な状況もあります。複数の薬が処方され、服用している人に不利益が生じる可能性のある状況をポリファーマシー(Polypharmacy)と呼ぶことがあります。ポリファーマシーは認知症のある人や、高齢の人に不利益をもたらす可能性があるという指摘は、以前から多く報告されています。最近でも2019年にKhezrianらが、ポリファーマシーは認知機能、身体機能、感情機能の障害に関与すると報告しています。2019年にPorterらは、ポリファーマシーが認知機能障害のある高齢者の死亡率上昇と関連があると報告しています。
 複数の薬が処方される状況は、その人の暮らしに恩恵をもたらすこともありますが、このように不利益が生じる可能性もあります。ですからポリファーマシーは低減されることが求められます。ポリファーマシーが低減されるためには、ポリファーマシーが生じる過程を知る必要があります。

 ポリファーマシーが生じる過程にはいくつかの類型があります。それは新たな症状が生じるたびに、新たな医療機関を受診し、その都度、新たな薬が処方されていくというパターンです。もう一つのパターンが処方カスケード(Prescribing Cascade)と呼ばれるものです。処方カスケードとは、服用している薬による有害な反応が新たな病状と誤認され、それに対して新たな処方が生まれるというものです。これは一つの医療機関、一人の医師の処方によっても生じます。カスケードとは小さな連なる滝を意味します。一つの薬から副作用が生じ、新たな薬による対処が生まれていくことを図示すると、小さな連なる滝のように描かれます。処方カスケードは、1995年にRochonらによって記述、報告された概念で、高齢の人の薬物療法における安全性を高める上で、大切な視点と言えるでしょう。

 認知症のある人にも、この処方カスケードが生じることを指摘した報告があります。抗認知症薬のうち、三種類のコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、商品名は順にアリセプト、レミニール、リバスタッチパッチ/イクセロンパッチ)の副作用には尿失禁があります。一方、尿失禁は一般的に年齢を重ねると筋力低下などのために生じやすくなります。このため、抗認知症薬が処方された後に生じた尿失禁は、筋力低下等によって生じたものと誤解されてしまうことがあります。その結果、尿失禁に対する治療として抗コリン薬が処方されやすくなります。抗コリン薬はせん妄と呼ばれる変動する意識障害を引き起こすことがあります。認知機能障害にも悪影響をもたらします。2005年、Gillらはコリンエステラーゼ阻害薬が処方された後の処方カスケードとして、抗コリン薬が処方されやすくなることを報告しています。コリンエステラーゼ阻害薬による尿失禁であれば、コリンエステラーゼ阻害薬を中止すれば改善する可能性があります。尿失禁は生活上、様々な苦痛をもたらします。羞恥心を強め、自尊心を傷つけ、活動範囲を狭めることになりかねません。そして抗コリン薬は認知機能障害の経過にマイナスの影響をもたらしかねません。コリンエステラーゼ阻害薬の有効性には限界があります。ですからコリンエステラーゼ阻害薬を服用中に尿失禁が生じた場合には、尿失禁を治す薬を求めずに、コリンエステラーゼ阻害薬の中止について、薬剤師さん、看護師さん、処方されている医師と相談すると良いでしょう。

 認知症疾患医療センターに相談や受診でいらっしゃった方たちからは、抗認知症薬開始後の処方カスケードが抗コリン薬にとどまらないことを教えていただくことがあります。抗認知症薬の副作用である不眠に対する睡眠薬処方、怒りっぽさや興奮、イライラに対する気分安定薬や抗精神病薬処方、食欲不振や吐き気に対するH2受容体拮抗薬、制吐薬処方が追加され、1日に服用する薬の量がお薬手帳数ページに及んでいる人もいらっしゃいます。追加された薬の副作用と思われる認知機能障害や行動の変化が認知症の進行と認識されると、もう一種類の抗認知症薬であるNMDA受容体拮抗薬(メマンチン、商品名メマリー)が追加され、NMDA受容体拮抗薬の副作用による症状が生じると、それがさらに新たな病状と認識され、処方カスケードがもたらされている人もいらっしゃいます。こうした方たちと相談し、処方を一つ一つ整理していくと、お困りになっていた様々な症状が緩和され、認知症のある人と家族の暮らしに安心が取り戻されます。

 処方カスケードを防ぎ、ポリファーマシーを低減するにはどうしたら良いのでしょうか。認知症疾患医療センターへの相談も解決策になるかもしれません。しかし最も有効なのはお住まいの近くに信頼できるかかりつけの薬局、かかりつけの診療所を確保することでしょう。症状別に薬局や診療所を別々にするのではなく、薬局と診療所をそれぞれ1カ所にしておくことは、かかりつけの薬剤師、医師との日頃からの対話と信頼関係を生み出してくれるでしょう。気になることを言い合える関係性は、処方カスケードを防ぎ、安心できる暮らしに寄与してくれそうです。ぜひ、街の身近な場所に薬局、診療所を確保し、薬や身体のことについて相談しやすい環境を作りましょう。

引用
  • Khezrian M, McNeil CJ, Myint PK, Murray AD. The association between polypharmacy and late life deficits in cognitive, physical and emotional capability: a cohort study. Int J Clin Pharm. 2019 Feb;41(1):251-257.
  • Porter B, Arthur A, Savva GM. How do potentially inappropriate medications and polypharmacy affect mortality in frail and non-frail cognitively impaired older adults? A cohort study. BMJ Open. 2019 May 14;9(5):e026171.
  • Rochon PA, Gurwitz JH. The prescribing cascade revisited. Lancet. 2017 May 6;389(10081):1778-1780.
  • Gill SS, Mamdani M, Naglie G, Streiner DL, Bronskill SE, Kopp A, Shulman KI, Lee PE, Rochon PA. A prescribing cascade involving cholinesterase inhibitors and anticholinergic drugs. Arch Intern Med. 2005 Apr 11;165(7):808-13.

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