相模原市認知症疾患医療センター

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センター長コラム

第12回 脳の画像検査を行う理由

 通院している認知症のある人や家族から、「年に一回、頭部MRI検査を受けた方がよろしいでしょうか」と相談されることがあります。かかりつけ医の先生方から「どのくらいの間隔で脳の画像検査を行ったら良いでしょうか」と相談されることがあります。認知症のある人への医療提供において、脳の画像検査についても様々な認識があるようです。そこで今回は脳の画像検査について整理したいと思います。
 脳の画像検査には主として脳の構造を調べる検査と、脳の機能を調べる検査の二つにわけられます。構造を調べる検査には、放射線を使用する頭部CT検査、磁力を使用する頭部MRI検査があります。機能を調べる画像検査には、放射性同位元素を使用するSPECTと呼ばれる検査があります。
 さて、認知症が疑われた場合に最も必要とされる検査は、構造を調べる検査です。この検査をする最大の理由は、脳腫瘍、慢性硬膜下血腫、特発性正常圧水頭症など、治療によって回復する可能性があり、認知症と似た症状を生じる疾患をみわけることです。この検査をすることで、治療によって回復する可能性のある脳の疾患を見落とすリスクを減らすことができます。ですからアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などの診断が明らかになれば、その後、定期的に検査をする必要はありません。定期的に検査をする必要性を感じている人は、脳の萎縮の程度を定期的に観察した方が良いのではとお考えのようです。しかし、脳が萎縮するタイプの認知症の場合、時間をかけて萎縮することは予想されていることです。定期的に萎縮の程度を確認しても「やはり萎縮してますね」と、何だか残念な気持ちになってしまいそうです。
 もちろん、何らかの認知症と診断された後、けいれんや意識を失うことなど、急で予想外の変化がある場合には、必要に応じて脳の構造を調べる検査をする必要があります。また、初診の段階では診断を保留にせざるを得ない場合にも、時間がたってから検査をする必要があります。要は認知症だから定期的に脳の構造を調べる検査をしなくてはならないというわけではないということです。
 VSRADやVSRAD Advanceと呼ばれる脳の特定の場所の容積を解析するコンピュータソフトがあります。このソフトは全国の医療機関でよく使用されています。アルツハイマー型認知症は、脳の中の海馬と呼ばれる場所が特に早いうちから萎縮しやすいと考えられています。ですからこのソフトを使用すれば、早期の段階で海馬の萎縮の程度をみわけることにより診断の精度が高くなりそうです。しかしこのソフトは研究のためのソフトです。結果をそのまま臨床にあてはめる事はできません。このソフトによる解析の結果、海馬に意味のある萎縮が見出されたとしても、アルツハイマー型認知症と診断されないことは多くあります。むしろ、症状や経過から診断するのに迷いが生じた時、このソフトによる解析の結果、海馬に萎縮があるという数値を見てしまうと、アルツハイマー型認知症かもしれないと過剰に診断されやすくなる心配があります。「今は年齢の範囲内の記憶力ですが、VSRADの結果は海馬の萎縮がありました」と言われてしまっては、受診した人の心配を強めてしまいそうです。ですからこうしたソフトによる解析を診療で積極的に使用するのは、慎重になった方が良いのではないかと思っています。
 脳の機能を調べる検査のうち、SPECTと呼ばれる検査は、専門外来を設置している大学病院のような医療機関では広く実施されているようです。この検査は放射性同位元素を標識した薬が注射され、血管を介して脳にたどり着いたタイミングで写真を撮影する検査です。これによって、脳の機能が相対的に落ちやすい、あるいは高まりやすい場所を調べることができます。アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症などでは、典型的な脳の血流分布、機能が低下しやすい場所があるようです。ですからこの検査で典型的な結果が出れば、認知症の早期診断に役立ちそうです。しかし結果の解釈には注意が必要です。典型的な結果だったとしても、該当する認知症である可能性は100%ではないのです。ですから、年齢の範囲内の記憶力低下かもしれない人に、この検査で典型的な結果が得られてしまうと、将来、認知症になるかもしれないと過剰に診断されやすくなってしまいそうです。「今は年齢の範囲内の記憶力ですが、SPECTの結果はアルツハイマー型認知症に一致する結果でした」と言われてしまっては、受診した人の心配を強めてしまいそうです。しかもSPECTは検査に要する時間が長く、医療費も安くはありません。診断に迷う時、とても若い人の場合などSPECTを検討する必要はありそうですが、全ての認知症を疑う人に必要な検査とは言えません。
 今回は脳の画像検査について整理しました。脳の画像検査をする最大の理由は、回復可能性の高い脳の疾患を見落とさないためです。確かに、それぞれの認知症原因疾患によって、脳の画像検査結果はいくつかの差異があります。しかし診断に確実と言えるほどの水準のものではありません。
 認知症の原因疾患の診断は、経過と症状が最も重要です。画像検査をする目的を誤って行ってしまっては、過剰診断、誤診や、医療費の高騰を招いてしまいそうです。なぜその検査が必要なのかをよく考えて判断することが求められます。

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